狂言界で初めて文化勲章を受けた大蔵流狂言師で人間国宝の茂山千作(しげやま・せんさく、本名七五三=しめ)さんが23日午前0時15分、肺がんのため京都市の自宅で死去。93歳。京都市出身。告別式は5月27日午後1時から京都市左京区、金戒光明寺で。喪主は長男千五郎(せんごろう、本名正義=まさよし)氏。

 三世茂山千作の長男として生まれ、1924年(大13)に初舞台。66年に当主の名前である十二世千五郎を襲名した。他流の狂言師や新劇俳優との共演、歌舞伎やテレビドラマへの出演など、幅広い活動は、それまであった能楽界のタブーを破った。89年には人間国宝に。94年に隠居名の四世「千作」を襲名。07年に文化勲章を受けた。

 人間国宝の落語家桂米朝(87)は「豪快な芸の持ち主でしたな。名乗りのせりふを言うだけで、こちらが噴き出してしまったことが何度もありました」とコメントした。