<天皇杯:G大阪3-1山形>◇決勝◇13日◇日産ス

 G大阪の長谷川健太監督(49)が、日本人初の3冠監督になった。昨季J2のクラブを任され、わずか2年でタイトルを総ナメにした。現役時代には日産自動車で日本リーグ、JSL杯、天皇杯の3冠を2季連続で経験。今回が自身3度目の3冠だ。就任3年目の来季は、08年以来のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)制覇に挑む。

 およそ四半世紀の歳月を経て、長谷川監督が“3度目”の偉業を成し遂げた。日産自動車時代の89~90年シーズンに2季連続の3冠を経験。偶然にも国立競技場の改修により、当時のホーム横浜が決戦の舞台になった。4万7829人の大観衆が見守る中でナビスコ杯、リーグ戦に続く3度目のタイトルを獲得。熱戦で火照った体に、冬の冷たい風が心地よかった。

 「あの頃は職人肌の選手ばかりだった。日産の黄金時代。私も若かった」。まだJリーグが産声を上げる前だった。それでも社員としてではなく、事実上のプロ選手として契約を結んでいた。「年俸が1000万円に届けば、一流の選手と言われた時代。何とか1000万円を手にしようと、みんな目をギラギラさせていた」。若かりし頃を思い出しながら、今度は監督として3冠をつかむことを目指した1年だった。

 「(3冠を)取っちゃったという感じですね。選手全員が復活を、という思いで練習に励み、試合に臨んでくれた。体力的にも精神的にも万全ではない中で、最後までよく戦ってくれた。感謝の気持ちでいっぱいです」

 13年1月中旬。G大阪監督への就任が決まり、クラブハウスにある社長室に呼ばれた。同じく就任したばかりの野呂社長に「ガンバはJ2です。それでも監督を引き受けてくれるのですか」。そう聞かれると、すぐに「もちろんです。ガンバならすぐにJ1に復帰して、タイトルを取ることができる。私も監督として優勝を経験したい」と答えた。同社長は「新米社長と、新任監督。必ずこのチームを強くしましょう」と約束。見事にたった2年で、男と男の誓いを実現させた。

 来季は日産自動車で味わった2年連続の3冠、さらにはACL制覇に挑む。今季とほぼ同じメンバーで臨むことが濃厚。より成熟したチームになる。

 「いかにガンバが進化し続けていくことができるか。チーム全体でアジアの大会に向かっていく」

 3冠を手にしても、まだまだ挑戦は続く。名将と呼ばれる、その日まで。【益子浩一】

 ◆G大阪長谷川監督の3冠

 選手として活躍した日産自動車(JSL1部)時代、加茂監督率いる88~89年シーズンと、オスカー監督率いる89~90年シーズンにリーグ、天皇杯、JSL杯の3冠を2季連続で達成。当時の日産はGK松永成立、DF柱谷哲二、MF木村和司、金田喜稔、FW柱谷幸一らを擁した黄金期。長谷川監督は88年には2カ月ブラジル留学していたものの、国内タイトルを総ナメした日産の攻撃陣の一角として活躍した。