イケメンフェンサーの陰に漁師気質とサンマあり?? フェンシングのロンドン五輪銀メダリスト千田健太(29)の強さの秘密を探るべく、生まれ育った宮城・気仙沼市を訪れた。古くより全国各地から漁船が集まる港として栄えたこの地区はフェンシングの町としても知られる。来年に控えたリオ五輪で連続メダルを目指す千田の剣には、意外な「地域のチカラ」が宿っていた-。

フェンシングのロンドン五輪銀メダリスト千田健太
フェンシングのロンドン五輪銀メダリスト千田健太

 春を迎えた気仙沼。市街を歩くと千田のポスターが掲げられるなど、今も地元のヒーローであり続けていることがうかがえる。3年前の五輪凱旋(がいせん)パレード時は、大通りに多くの市民が詰め掛け祝福。メダルは、震災で傷ついた故郷に大きな希望を与えた。

 特長は左手で繰り出す華麗な剣さばきだ。それはどのように獲得したのか。自身も元日本代表で、気仙沼向洋高の校長を務める父健一さん(58)を訪ねた。

 健一さん フェンシングをやりたいと言ってきたのは中学1年の時。実はその時に左利きに変えたんです。私が左だったこともあるし、あるレベルまでは有利とされていますから。中学生になって利き手を変えるのは大変だったと思うが、とにかく一生懸命に取り組んでいました。

 部活を終えて帰ってくると、自宅でも黙々と防具をかぶせた人形を相手に剣を突く姿があったという。

 健一さん こちらではフェンシングの注目度は比較的高く、どうしても「千田の息子」というのがついてまわる。それを覚悟して始めたわけだから、本人にも意地はあったと思います。

 気仙沼は全国的にもレベルの高い選手を輩出する町として知られる。なぜ港町でフェンシング? きっかけは50年代半ば、全日本王者・千葉卓朗氏が地元に戻り、女子校の鼎が浦高で指導を始めたことだ。同校は全国大会を次々と制し、後に統合する気仙沼高にも男子部が創設された。健一さんら、当時の選手が優秀な指導者となり中央から帰郷。こうして欧州生まれのスポーツは根付いていった。

高校時代の千田が、よく必勝祈願に訪れた松岩地区の八幡神社。海岸近くの高台にあり、震災時の津波を間一髪でまぬがれた
高校時代の千田が、よく必勝祈願に訪れた松岩地区の八幡神社。海岸近くの高台にあり、震災時の津波を間一髪でまぬがれた

 千田が中学時代に通った「本吉クラブ」の三浦永司監督(51)は独特の気質もあるという。

 三浦監督 気仙沼は、昔からさまざまな地域の人たちが船でやってきては帰って行った。だから新しい文化を受け入れるのにあまり抵抗がないんです。また1対1の勝負は、気性の荒い海の男たちに合っていたのかも。普段は静かな健太も、練習ではコーチに勝つまでやめないというような激しい部分がありました。

 現在市内には2つのジュニアチームがあり、約30人の少年少女が剣を握る。周囲の理解も大きい。保護者ばかりか一般市民も参加して後援会を作り遠征などをバックアップ。これも危険な海を相手に、互いに支え合ってきた漁師の町ならでは。好環境の中で努力を重ねた千田が、世界に羽ばたいていったのもうなずけた。

 「食」にも秘密があった。今も帰郷のたびに口にするのがサンマだ。

 健一さん 帰ってくると必ず、ですね。時期じゃなくても「冷凍でいいから」と。そんな時はやはり気仙沼っ子だなあと思います。

 市民が最も食べ慣れた魚について、気仙沼商工会の熊谷秀一さんはこんなエピソードを話してくれた。

 熊谷さん まだ未舗装の道路が多かった時代は、ガタガタ揺れながら走るトラックの荷台からこぼれた新鮮なサンマが町のあちこちに転がっていたもの。それを子供らが拾ってきては食卓に上ったりする。気仙沼の人にとって、それぐらい身近なものなんです。

 サンマに多く含まれるDHAは一瞬で勝負が決まるフェンシングに重要な動体視力の向上に、EPAは持久力に効果があるとされる。特産品もまた、伸び盛りの時期の体作りに貢献していたのかもしれない。

気仙沼港
気仙沼港
お土産スポット「お魚いちば」には新鮮な魚介類が並ぶ
お土産スポット「お魚いちば」には新鮮な魚介類が並ぶ

 昨年、気仙沼漁港のサンマの水揚げは約2万7000トン。震災後、初めて本州一に返り咲いた。「海の復活は復興の第1歩。千田選手が魚好きというのはうれしいことだし、我々も千田選手の頑張る姿からチカラをもらっています」と気仙沼漁協の芳賀一彦さん。千田の剣には復興の道を歩む故郷からの、恵みと思いが宿っている。【石井康夫】

 ◆気仙沼市 宮城県の北東端に位置し、面積333・41平方キロ。太平洋に面した沿岸部は変化に富むリアス式海岸を形成、気仙沼港は天然の良港として古くから栄えた。18年連続日本一の生鮮カツオのほか、サンマ、サメ、メカジキも全国屈指の水揚げを誇る。昨年4月、震災で被災した観光拠点「海の市」内に、日本唯一のサメの博物館「シャークミュージアム」が完成。アクセスはJR一ノ関(岩手)駅から大船渡線快速で約1時間15分。車は東北道一関ICから約1時間10分、三陸道登米ICから約1時間。人口約6万7000人。菅原茂市長。

宮城県気仙沼市
宮城県気仙沼市