1964年東京五輪のバレーボール女子で金メダルを獲得し「東洋の魔女」と呼ばれた日本代表のメンバーで、18日に72歳で死去した丸山(旧姓磯辺)サタさんの葬儀・告別式が21日、大阪市東住吉区の臨南寺で営まれ、バレーボール関係者らが別れを惜しんだ。

 東京五輪で共にプレーした千葉(旧姓松村)勝美さんは「一番の頑張り屋だった。しんの強さがあった」としのび、田村(旧姓篠崎)洋子さんは当時の練習量の多さを振り返りながら「イソ(丸山さん)が頑張っていれば私も頑張ろうと思えた。(思い出は)全て」と悼んだ。88年ソウル五輪競泳代表で、喪主を務めた長男の繁守氏は「東京五輪で世界一をもぎ取り、私にとっても世界一の母だった」とあいさつした。