矢野監督1年目は開幕から1点を争う攻防をモノにした。ラストシーンはサヨナラ暴投で、一瞬のうちに白星が転がり込んだ。
吉田 これでいいんですわ。どんな形でも勝つことでした。かっこよくなくてもよかった。勝ちは最良の薬で、勝つことが一番だった。わたしも自身が1年目の監督として臨んだ開幕戦で初勝利をあげたゲームは今でも忘れられない。矢野監督のインタビューをうかがっていて、そのときの心境を思い出していました。
吉田阪神1年目の1975年(昭50)4月5日、中日球場での中日戦は5対4だった。江夏豊が完投勝利を収めた。
吉田 わたしもうれしかったし、勝利の瞬間、江夏が泣いたのを覚えています。その年は最後まで優勝争いをしながら、長嶋巨人が最下位になって、広島が優勝するのです。矢野監督としても一生忘れられない勝ちでしょう。まだ矢野野球の全貌はわからない。でも一言いわせてもらうと、チームのなかでの「信頼関係」を重んじるようなふしはゲームのなかで見受けられましたな。
1点を追う6回裏は、結果的に2死一塁から、新人近本の三塁打で同点に追いついた。この回先頭の梅野が三ゴロ、メッセンジャーがそのまま打席に立って見逃し三振を喫していた。
吉田 わたしはあそこで打席が回ってきたメッセンジャーをどうするかな? と思ってみていました。そのまま打席に立たせましたよね。ここは隠れたポイントでした。まだ余力はあっただろうが、ここで代えていたらメッセンジャーも悔しがっただろうし、その後の追いつく展開もわからなかった。つまり矢野監督はメッセンジャーに気配りをしたということですわ。わたしにはそう映った。次につながる1勝になった。
【取材・構成=寺尾博和編集委員】





