プロ野球界というのは「人と人」でやっている業界だ。勝つためにデータは大事かもしれない。相手の弱点を探し、徹底的に攻撃する。オフェンスでもディフェンスでも「弱点」を探す作業というのは戦略としては大切かもしれない。「教える」立場はどうか。勝つために教えているとも言える。でも、それ以外に「教える」ことはあるのではないだろうか。

 ソフトバンクを退団することになった鳥越裕介内野守備走塁コーチは、それを実践し続けた男だった。2年ぶりの日本一が決まったヤフオクドームで、今宮の目は真っ赤だった。入団時からいろいろと教わった。今季終盤には左右のスライディングキャッチすら「するな!」と鳥越コーチから指示されていた。安易なプレーにはくぎを刺し、とにかく足を使わせた。今宮の入団時から「師弟関係」にあった彼らには第三者も分かり得ない結びつきがあったろう。2軍監督をしていた鳥越氏は誰よりも今宮に厳しかった。その鳥越コーチがチームを去る。「1試合でも長く鳥越さんとやりたかった」。今宮は言った。「ボクにとって、高校の監督と鳥越さんが、師匠です」。日本一の瞬間、今宮の目からあふれ出た涙は、喜びよりも別れの悲しみの涙だった。

 野球技術もさることながら、鳥越コーチが教えたのは、いかに「普通の人」であるか、ということだった。グラウンド整備を怠けたりするのはもちろんのこと、あいさつの声が小さいと、何度もやり直させたりもした。選手浴室の脱衣場でスリッパをそろえない選手にはカミナリを落とした。

 鳥越コーチにとってホークス最後の試合となった本拠地・ヤフオクドームでの日本シリーズ第6戦。喜びに沸き、ロッカーに引き揚げるナインたちを見送り、鳥越コーチは最後に引き揚げた。ベンチに散らかっていたペットボトルを1人で拾っていた。最後の仕事だった。【佐竹英治】