東京・池袋にある西武池袋本店から、埼玉・所沢にある西武の本拠地ベルーナドームまでの約32キロを、11月23日に歩いた。

5月16日には札幌時計台からエスコンフィールドまでの約20キロを歩いた。到着後にそんな記事を書いた。その翌日、渡辺久信GM(58)が声高らかに私の方へ歩いてきた。

「なになに、歩いてきたの!?」

チャンス。当時から池袋~所沢を計画していた。「歩いてきました。今度ご一緒に歩きませんか?」と流れに乗じてお誘いする。

「やだよ!俺、もう高校までで走るとか歩くとかそういうのはもう一生分やり尽くした!」

残念、破談。というわけで11月末、今回の池袋~所沢も1人で歩いた。

このルートは西武池袋線が走り、今回の徒歩旅程も大まかにはこの路線に沿う。西武ファンが多く住む、企業目線でいえば“商圏”のまっただ中だ。

ただ歩いただけではなく「今の西武に何を感じていますか?」をテーマに、SNSでフォロワーの皆さんに「もしお時間ありましたらお近くの方、お声掛けください」と呼びかけた。

結局8時間以上かかった旅路で、65人もの西武ファンの方にお声掛けをいただいた。たまたま遭遇した選手も1人いた。正直なところ12、13人くらいにお会いできれば十分だなと想像していた。ありあまるほどの感謝と恐縮で、私の性格上、やや恐縮のほうが上回るかもしれない。

ファンの声は「補強を!」一色だと思った。そうでもない。意外な角度からの声もたくさん。詳しくは今後「ニッカンプレミアム」で記事にするが、ファンの考え方も千差万別であることをあらためて知った。SNSが情報流通の拠点になっても、SNS上の世論が全てではない。60回以上繰り返した「1対1」の現場で、あらためて感じた次第だ。

なんか、やたらと歩いている。原点を思い出す。販売局の静岡担当だった20代後半の頃、修善寺駅から河津駅までのいわゆる“天城越え”を歩いた。天城越えで何キロやせるかの実験記事を書こうと思った。

営業の仕事だから、数字のことはよく分かる。今よりもっと青かった当時。ダウントレンドを何とか変えたかった。営業の立場にありながら、従来のスポーツ紙じゃないものを消費者にアピールしたかった。当時の静岡支局の上司には「それの何が面白いの?」と言われた。まぁ、反論はできない。悔しかった。

そういえば入社試験でも5時間ママチャリをこいで最終面接に臨んだ。30代では自転車日本一周なる企画を企てたこともある(結局、東日本一周で終了)。20年たっても、結局何も変わっていない。

松井稼頭央監督(48)はよく言う。「若手の育成は難しいです。そう簡単にポンポンポンって育つものでもないし」。マインドも含め、誰かの個性を変えるのって難しい。変わらないからこその個性でもある。

個性にいかに厚みが出てくるか。私も思い返せば結果的に1人旅になるような行動が多かったが、10年、20年とたてば、わざわざ65人もの人が自分の時間を費やしてくれるようになった。

西武の若手打者たちだって、将来20本30本と打つために、きっと今年のようなトライアルがある。

65人にお会いし、ほんの少しだけれどこんな声もあった。

「何も変わらず、このままでいいんです。見守るだけです」

なんだかジワッとしみた。変えるんじゃなく、自分から変わるように仕向ける-。それが球界でも昨今はやりのコーチング。数年後を楽しみにしたい。

…なんて、8時間歩いた1週間後に書いている。足も腕も背中も、別に痛くない。唯一わずかな痛みがいまだ残る部位がある。天城越えの時からそうだった。実際に長時間歩かないと分からない、意外な場所。西武ファンの皆さんも、気分が乗りましたら交通安全に気をつけながら歩いてみてください。【西武担当 金子真仁】