長期連載中の「野球の国から 平成野球史」では、22日から2003年(平15)の福岡ダイエーホークス売却案に端を発した球界再編問題を掘り下げる。04年9月18、19日に「ストライキによるプロ野球公式戦中止」という事態が起こるほど、平成中期の球界は揺れた。それぞれの立場での深謀が激しくクロスし、大きなうねりを生む。第1回は、取材の過程で入手した極めて機密性の高い複数の文書から、問題の流れを振り返る。

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ここに親書がある。当時巨人オーナーの渡辺恒雄(読売新聞グループ代表取締役主筆)が有志オーナーに送付した、福岡ダイエーホークス存続に関する内容だ。

球界再編問題が起きる1年前の03年。ダイエーの本業不振で、球団売却が現実味を帯びた。球団保有、球界への外資介入阻止に動いたのが、渡辺だった。ある文書の末尾では、他球団トップに見解を問う「賛・否」の回答まで求めている。

最終的にダイエー球団は経営を継続させたが、渡辺は「一年以内に、第三者に売却される可能性が強く…」と方向性を示している。

それは翌年に起きる未曽有の激震を予期しているかのようだった。球界再編の胎動は、1年前から水面下で動き始めていたのだ。

翌04年、近鉄・オリックスの合併が、オリックスのオーナー宮内義彦から提案される。パ・リーグ球団数が「6」から「5」に減少。90年代に封印された「1リーグ案」が再浮上する。

巨人への依存度が高かった球界にあって、特にパ・リーグの球団事業は赤字が膨らんだ。1試合1億円のテレビ放送権料が見込まれる巨人戦を組める「1リーグ」は“渡りに船”のうまみだった。

7月7日のオーナー会議後、西武オーナー堤義明が「もう1つの合併が進行中」と衝撃発言し、ロッテオーナー代行の重光昭夫と密会。ダイエー、ロッテの統合案が深く進行する。

球界再編のひな型は「10球団1リーグ」だった。ただ、ダイエー本社の抵抗で球団は宙に浮き、筋書き通りには進まなかった。

すると、パ・リーグ会長小池唯夫とダイエー、ロッテ以外の4球団が、早期統合を促す異例の極秘文書を送付。1リーグに執念をみせるパ・リーグの焦りだった。

この間、堀江貴文のライブドアが近鉄買収に名乗り。プロ野球選手会が1リーグ案に反対の強硬姿勢を示し、経営陣と対立。巨人渡辺の「たかが選手が」発言に敏感に反応した。

ストライキ実施をちらつかせた選手会に、日本野球機構コミッショナー根来泰周が「スト権行使は違法」とマル秘文書を配布。経営者側は強気になった。

オーナー陣の誤算は、球界の発展的縮小を企業のエゴととらえたファンから強烈な反発を買ったことだ。9月18、19日に史上初のスト決行。その後、1リーグ案は「時間切れ」で画餅に終わった。ライブドアに競り勝った楽天の新規参入、ダイエーをソフトバンクが買収。再編問題は、一応の決着をみた。

プロ野球は誰のためのものか-が問われた激動の1年。オーナー会議5回、実行委員会、12球団代表者会議20回以上、選手会との協議が集中的に開催された。球界再編のうねりは、プロ野球新時代への大きな潮目だった。(敬称略=つづく)【寺尾博和】

<球界再編問題の経緯>

★03年(平成15年)

◆5月23日 パ・リーグのダイエーが球団を売却する案が浮上。

★04年(平成16年)

◆6月13日 パ・リーグの近鉄とオリックスの合併合意が発表される。発表を受け、もう1組の合併を経て、10球団による1リーグ化へと移行すべきとする意見が出る。

◆同30日 「ライブドア」が近鉄の買収に名乗り。堀江貴文社長(当時31)が会見し、セ、パ2リーグ制の維持を主張。

◆7月5日 プロ野球選手会の古田敦也会長が、機構側との団交で合併拒否の姿勢を示す。

◆同7日 西武の堤義明オーナー(当時70)が「もう1つの合併が進んでいる」と発言。

◆同8日 オーナー側と直接話したいとする古田会長の意向を聞いた巨人渡辺恒雄オーナー(当時78)が「分をわきまえないといかんよ。たかが選手が。たかがといっても、立派な選手もいるけどね。スト? どうぞやったらいい」と発言。

◆同10日 選手会が臨時大会を開き、合併が強行された際のストライキを決行する可能性があることを満場一致で決議。

◆8月7日 ダイエーとロッテが合併に向けた交渉を行っていたことが明らかになる。

◆同19日 ライブドアが新球団結成を発表。

◆同27日 近鉄とオリックスが統合の契約を締結。

◆9月14日 インターネット商店街最大手の「楽天」がプロ野球の球団経営に参入する意向があることが明らかに。

◆同17日 翌年からの新球団参入を希望する選手会側と機構側の交渉が決裂、18、19日にストライキが決行されることに。根来泰周コミッショナー(当時72)は辞意を表明。

◆同23日 労使間で来季からの新規参入に前向きな項目を含む7項目の合意書が調印され、今後のストライキが回避されることに。

◆同24日 統合新球団の名称が「オリックス・バファローズ」に決定。楽天がNPBに加盟申請。本拠地を仙台とする内容。

◆10月6日 楽天とライブドアに対するNPB審査委員会による第1回の公開ヒアリングを開催。

◆11月2日 オーナー会議が開かれ、楽天の新規参入を全会一致で承認。

◆同15日 実行委員会が行われ、ダイエーが通信大手「ソフトバンク」に球団を売却することを報告。承認された。

04年9月、会見する根来コミッショナー
04年9月、会見する根来コミッショナー
03年10月、12球団オーナー会議後、報道陣の質問に答える巨人渡辺恒雄オーナー
03年10月、12球団オーナー会議後、報道陣の質問に答える巨人渡辺恒雄オーナー