2003年(平15)の福岡ダイエーホークス売却案に端を発した球界再編問題を掘り下げる。04年9月18、19日に「ストライキによるプロ野球公式戦中止」という事態が起こるほど、平成中期の球界は揺れた。それぞれの立場での深謀が激しくクロスし、大きなうねりを生む。

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新規参入を申請した楽天とライブドアの第1回公開ヒアリングが、2004年(平16)10月6日に行われた。申請順でライブドア-楽天の順番。持ち時間は1時間30分だ。

報道陣は別室のモニターで審査の様子を見ることができた。1社1人、楽天への情報漏れを防ぐため、携帯電話とレコーダーの持ち込みは禁じられた。

矢継ぎ早に質問が飛んだ。「監督とGM」「観客動員見込みと根拠、集客方法」「スポンサー収入」「球場改修計画」「チーム構想」「成績の目標」…10分ほど時間を残して終えた楽天社長の三木谷浩史は「緊張しました。久しぶりに」と話した。

プロ野球の新規参入は、1954年(昭29)の高橋ユニオンズ以来のことだった。三木谷は「僕は楽天的なので。苦労を苦労とは、あまり思わない。これは面白いね、創意工夫のしがいがある。どうやる? みたいな気持ちがあったから、できたと思う」と回顧したが、同時に現実を客観視すると「常識的に考えれば…ユニホームもないし、スタジアムも老朽化して、使い物にならない。数カ月で始めなさいは、無理があるな。死にものぐるいでやらないと」とも思った。

日本興業銀行(現みずほ銀行)出身で、父の良一(13年に死去)は著名な経済学者。ビジネスの土台にステディー(安定)があり、ベンチャー精神とのかけ算で楽天という会社を伸ばしてきた。堅実さが懸念を抱かせたが、その哲学は思わぬ形で表面化する。

10月14日の第2回ヒアリングで、当時巨人の代表だった清武英利が急先鋒(せんぽう)となり、アダルトサイトに対する認識を問い詰めた。ライブドア社長の堀江貴文は「自動的に取り締まるのは技術的に難しく、パトロールを行っているが完全に排除するのは難しい」。三木谷は「クレジットカードの認証で本人確認を厳しくしており、青少年は完全に見られない。個人的にもあまり好きではない」と答えた。

野球協約の第3条(協約の目的)に「野球が社会の文化的公共財となるよう努める」とあり、審査の基準にも「公共財としてふさわしい企業、球団か」の項目がある。この答弁が潮目となり、一気に楽天有利へと傾いていった。

11月2日のオーナー会議で、楽天は満場一致で新規参入を認められた。

財務体質が決め手になった。審査結果を報告する資料には、03年の売上高と経常利益が記載されていた。楽天の売上高180億8200万円は、ライブドアと70億円以上の差があり、経常利益も30億円以上の開きがあった。三木谷の「財務的にも健全な経営ができる」との言葉には説得力があった。親会社の経営難が球界再編問題の原因である以上、楽天が選ばれるのは自然な帰結と言えた。

阪神のオーナー付シニアディレクターだった星野仙一は、参入するか思案していた当時39歳の三木谷を「今の球界には、あなたのような若い力が必要だ。頑張って」と励ましている。三木谷は恩を忘れず、チームが低迷していた10年オフに監督として星野を招聘(しょうへい)。二人三脚で強化し、参入から9年目の13年に日本一を成し遂げた。(敬称略=つづく)【宮下敬至】