日本人選手がメジャーで活躍するのが当たり前になった平成時代だが、そこに至るには先人たちの苦労があった。通訳や代理人として日米で多くの選手をサポートし、2007年(平19)に手術で男性から女性へ生まれ変わったコウタ(56=本名・石島浩太)。女優、ギタリストとしても活動する彼女の波乱の人生と日米の野球史を振り返る。

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コウタのことを語る時、ギターについて触れないわけにはいかない。

現在も俳優長谷川初範のバンドでギタリストを務めているが、1997年(平9)ヤンキースで環太平洋業務部長と伊良部秀輝の通訳を兼任していた時には、バーニー・ウィリアムズらとよく「ジャムった(即興のジャムセッションをした)」。

当時の旧ヤンキースタジアム一塁側ベンチ裏には、ティム・レインズが買ったレスポールのギターが置いてあった。バーニーに影響され買ったものだが、レインズ本人は弾きもせず、もっぱらバーニーとコウタが弦を鳴らした。

「バーニーは直感的なギタリストで素晴らしかった。今はフュージョン系のアルバムを出しているけど、オールジャンルでいけてね。キャッチボールで相手に何も言わずにスライダーを投げるみたいに、ギターの即興でも次々とフェーズを変えて『おっ、そうくるか』みたいに楽しかった」。

コウタがギターを始めたのは東京からロサンゼルスへ引っ越した中学生の頃。イーグルスに興味を持ち、その後ディープ・パープルやそこから派生したレインボーなど、メロディアスなロックをコピーしまくった。

ここで1つの疑問が生まれる。女性の心を持ったコウタが音楽(=アート)にのめり込むのは何となく分かる。だが野球は? コウタはギターを始めたのと同時期にドジャースに感化され野球にものめり込む。大人になってからも、草野球の二塁手として白球を追った。

「女性に変わるような人は、もともとバービー人形やリカちゃん人形で遊んでいたりする。でも私の場合はギターと野球だった。女性として憧れる美しさも野球の中にあったんでしょうね」。一番好きなのは内野手。併殺を決める動きやジャンピングスロー、グラブさばきなど、しなやかさ、美しさに引かれた。加えてユニホームの着こなし。「パジャマみたいなダボダボのは大嫌いで(笑い)。ストッキングを膝のところまで上げる“着こなしの様式美”が野球の大好きなところです」という。

コウタは92年に藤田監督の巨人キャンプを見学する機会に恵まれる。そこでノックを受ける篠塚和典(日刊スポーツ評論家)に目を奪われた。「打球に合わせるんじゃなく、打球が勝手に自分のリズムに合うような感じ。見ていて鳥肌がたった。私の好きなギタリストのパット・メセニーがメトロノームに合わせて弾く時、逆にメトロノームがパットの音に合わせて“グルーブ”してるように聞こえる。篠塚さんはそれだった」。そんな風に思った内野手はメッツで同僚となったレイ・オルドニェスや名手オマー・ビスケルくらい。彼らはコウタが考える野球の美しさを体現していた。(敬称略=つづく)【千葉修宏】

◆コウタ(本名・石島浩太)1962年(昭37)3月15日、東京生まれ。ダイエー、西武の通訳、渉外担当、ヤンキース環太平洋業務部長などを歴任。07年に性別適合手術を受け女性に。現在は女優、俳優長谷川初範のバンド「Parallel World」のギタリスト、映像配給会社で英テレビ局の日本向け担当も務める。