センバツに選ばれず、チームは失意の底に落とされた。数人の選手が涙を流していた。同級生で副主将の藪野良徳も落胆した。

藪野 何のためにやってきたんだと、やる気もなくなりました。監督もイライラしていたしね。でも、谷繁がみんなの前で言ったんです。「それやったら夏に甲子園に行って、ホンマに実力があるところを見せてやろう」って。彼が一番ショックだっただろうにね。

谷繁 力で夏に出るしかないと思いましたね。絶対勝ってやろうと、強く思いました。そこから、鬼のような練習を始めました。

谷繁の高校時代を振り返ると、決して順風満帆ではない。受験失敗に始まり、投手で結果を出せず捕手にコンバート、甲子園で横浜商に完敗、そしてセンバツ落選。それぞれ高校生にとって大きな出来事だ。しかし、どの場合も、すぐに切り替えて前へ進んでいる。この前向きな思考は、どこからきているのか。

谷繁 意識しているわけじゃないけど、いつの時も次の目標設定をできる自分がいた。オヤジに小さい頃から、そういうことを言われてきたから。「何事も目的意識を持ってやれ」と。そういう考え方が染み付いていたのかな。

父一夫に詳しく説明してもらおう。

一夫 目的意識という言葉は、市岡三年さんが話してくれたんです。三重・海星高校の監督として甲子園にも出られた方で、広島出身なので私が知り合いでした。地元に戻ると、わが家にも来て息子に話をしてくれました。その市岡さんが「常に目的意識を持ち、それを勇気として頑張りなさい」と言ってくれました。

ただ練習をするのではなく、何のためにやるのか。意識の持ち方で結果は大きく変わる。目標が、目的があれば、勇気を持って行動できる。一夫は感銘を受け、谷繁に繰り返して伝えた。ボールにこの言葉と「市岡三年 代筆」と記し、広島県庄原市の自宅に造った「谷繁元信 球歴館」に飾っている。野球少年が見学にくると、同じ話をするという。

センバツに出場できなかった江の川は、目標を夏に切り替えた。悔しい思いを夏にぶつけると誓った。監督の木村賢一は、彼らの力を感じた。

木村 悔しい思いは原動力になる。次に頑張ろうという気を生み出す。合言葉は「断トツの力を身につけよう」になりました。接戦では、まさかの事態もある。審判の判定で悔しい思いをすることもある。だから、絶対に甲子園に行くために圧倒的な力の差を身につけようと。

前年の甲子園出場を契機に、160キロまで出る打撃マシンを購入していた。甲子園で一線級の投手を打つため、スピードを上げて打撃を繰り返した。6カ所の打撃ケージを用意し、スイング量を増やした。チーム全体が目的意識を持ってラストスパートに臨んだ。

谷繁 春の島根大会も優勝したし、練習試合でも負けなかった。今度は甲子園でも勝てるという自信がついていた。

5月には初の関東遠征を敢行した。行き先は横浜商…前年の甲子園で敗れた相手だった。完封されたエース古沢直樹は、まだ残っていた。成長を実感するための力試しだった。(敬称略=つづく)【飯島智則】

(2017年9月28日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)