100周年を迎えた第97回全国高校野球選手権期間中、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の著者、岩崎夏海氏(47)が「百年の球独(きゅうどく)」と題して特別寄稿。1915年に第1回全国中等学校優勝大会が豊中グラウンドで始まってから、1つの球場で、1つのボールを追いかけてきた球児たちをめぐるドラマを独自の視点で切り取ります。

 大会12日目の第4試合は少し遅れて始まった。

 ちょうど第3試合が終わったところから篠突く雨が降り始めたが、やがて小雨になった頃合いでシートが取り除かれ、整備をした後に始められた。

 ぼくはこの試合、興南の佐久本くんに注目していた。彼は、年下のエースである比屋根くんをリードするキャッチャーだ。彼の試合前の目標は、「絶対にパスボールをしないこと」。比屋根くんの低めへの変化球を生かすためだ。

 この佐久本くんが、これまでの試合で非常にきびきびとした動きを見せていた。「縁の下」的存在ながら、その能力の高さをうかがわせていたのだ。

 その通り、試合が始まると、まず打つ方では第1打席、先頭打者で二塁打を放ち、同点のホームを踏んだ。さらに6回、前のバッターがヒットで出ると、きっちりバントを決めてみせた。彼は、とにかく任務をしっかりとこなす「仕事人」なのだ。

 それから守る方、リードでもさえを見せた。特に、相手の中心選手であるオコエくんに対しては、再三のインコース攻めでバッティングらしいバッティングをさせなかった。

 7回、オコエくんを三振に取った場面では、ワンバウンドのボールをしっかりキャッチし、振り逃げで一塁へ走ろうとするオコエくんをタッチでアウトにした。これ以外にも、この日は三振を取ったワンバウンドのボールをキャッチする場面が再三見られた。

 そうして、この日のヤマ場となる9回表が巡ってきた。ツーアウト二塁で、またオコエくんへと打順が回ってきたのだ。

 この場面、一塁が空いていた。だからここは、敬遠という選択もあり得た。しかし試合後、佐久本くんはインタビューでこう答えた。

 「あの場面は、勝負しか考えていませんでした。ベンチの意向もありましたが、何より、ピッチャーの比屋根がそういう気持ちでした。だから、それをだいじにしてあげたかったんです」

 そうして、オコエくんとの勝負を選んだ佐久本くん。しかし結果は、オコエくんの劇的な勝ち越しツーランとなってしまった。

 しかし佐久本くんは、打たれたことに対しても笑顔でこんなふうに話していた。

 「あれは失投ではありません。比屋根の最高のボールでした。読まれたということはあったかもしれませんが、打った方が上ということです」

 その上で、勝負したことにも打たれたことにも、全く悔いはないと述べたのだ。

 そんな佐久本くん、その裏の攻撃では前のバッターでゲームセットとなってしまった。それについて「最後は打ちたかったか?」という質問が出ると、佐久本くんは、ここでも笑顔でこう答えた。

 「いえ、回ってきたら絶対に打つつもりでしたが、前のバッターを信頼していたので、やっぱり悔いはありません」

 そんなふうに、最後までさわやかな佐久本くんであった。

 ◆岩崎夏海(いわさき・なつみ)1968年(昭43)7月22日、東京生まれ。茗渓学園で軟式野球部。東京芸大卒業後、秋元康氏に師事し、放送作家に。著書「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」が270万部を売り上げた。