「今日は、4番大山に注目しといて下さい」と言い残してベンチへ向かった。鳴尾浜球場、5月23日クラブチーム・OBC高島とのプロアマ交流戦を取材に行った時のこと。試合前掛布監督と雑談している中で出てきた言葉である。

 確かに、スコアボードに目を向けてみると“4番・ショート・大山”だ。練習試合とはいえ、スタメンの4番はプロ入り初の経験だ。大学時代は全日本の4番を打ってきた選手。「打順はそれほど気にしていません。1番でも9番でも打席に立てば同じ気持ちで打っています」は大山。まだルーキーである。プロの世界の4番の重みまではわかっていないようだが、打線の柱。プロ野球界の監督経験者に、打線を組む時の苦労話を聞いてみると、口を揃えてこう言う。「しっかりした4番を打てるバッターがいたら、打線はすごく組みやすい」と-。また。4番が活躍してゲームに勝てば、不思議にチームのムードはぐっと盛り上がる。なるほど、これが4番なのだ。

 この日のゲームを振り返ってみる。3回に1点を先制した。いくら相手がアマチュアとはいえ、最少得点差は苦しい。追加点がほしい展開だ。5回だった。2死一、三塁のチャンスが訪れた。この場面でコールされたのが“4番・大山”だった。3打席目である。初打席では左翼線へ二塁打を放ったものの、次打席の遊ゴロは変化球にタイミングを狂わされ、力のない、弱々しい1打。いい時と悪い時の差が激しい。不安を抱きながらも掛布監督の言葉を信じて大山に注目した。フルスイングした打球はレフトの頭上を襲った。抜けるか……。捕られるか……。微妙なところだったが結果は左越えの2塁打。この試合の勝負を大きく左右する1打となった。

 2点の追加。1点差から3点差に。ゲームの流れは完全に阪神へ。4番のバットが引き寄せたゲームの流れ。試合後、掛布監督に「4番大山に注目させてもらったぜえ」と話を切り出し、追加点の場面に触れてみると「このゲームの流れの中で、あの2点は勝負を大きく左右しましたね。今日は交流戦だったとか、勝ち負けにあまりこだわらない試合だったということを抜きに、ひとつのゲームとして考えた場合、ああいうところで貴重な得点をたたき出すのが4番の仕事です。これも勉強のひとつですし、こういう場面の体験を重ねていくことが成長につながっていきますから」だった。おそらく、いつかどこかでプロの4番のありかたをコンコンと言い聞かせていくはずだ。

 同監督の4番へのこだわりは大変なもの。長きにわたり自分が4番を体験してきたことと、私が広報担当時代に聞いたひと言「僕は田渕さんを見て育っていますから」がその理由。入団当時の4番・田渕への風当たりが強いのを見てきた。そのあと自分も直接肌で感じてきた。阪神の4番は耐えることが多い。いい時はまるで神様みたいに報じてくれるが、チャンスに打てなくて負けようものなら、こちらはまるで戦犯。生やさしい内容ではない。もう、ボロクソに叩かれる。腹は立つ。文句のひとつやふたつは言いたくなるところだ。ジッと我慢は、打線の軸である以上ファン、チームの期待に応えるのが4番の役目という自負があったからだろう。黙々と努力した。実戦で躍動した。自分の力でストレスを解消していた。

 新人である。大山にはまだ打順を考える余裕などない。こだわりを持つまでに成長していない。「4番へのこだわりですか……。別にありません。何番にいても打席に立てば打ってやろうという気持ちでいます。それより、まだやることはいっぱいありますが、少しでも早く1軍へ上がれるように頑張ります」まだまだ経験不足。これから、いろいろな事を見たり、聞いたり、体験しながら成長していくのだろうが、まずはこの日の試合で4番の重要性を自分の力で経験した。一歩前進か。掛布監督は「4番の重圧は1軍に昇格した時に役に立つ」の持論から原口ら、タイプではない上本まで、スタメンの4番で起用して育成してきた。大山よ-。プロの世界に飛び込んだ以上、野球を好きであり続けることだ。そして、人に頼るな。自分と闘え。経験を積んでいけば、おのずと打順を意識する時がくる。その時こそ本物になる。

 追伸、突然、藤浪が2軍に下りてきた。1軍で通用しなければ降格は当然。今年のピッチング内容では致し方ない。プロ野球界では当たり前の事だが、鳴尾浜球場の雰囲気がガラッと変わった。この状況、ファームの選手に与える影響は“吉”と出る可能性大。マスコミ各社は大変なようだが、私も1度は取材してみましょう。

【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)