「分岐点」というと少し気の毒な気はするが流れの中で大きかったのは7回の攻撃だろう。1点リードの阪神は大物ルーキー佐藤輝明が中前打で出塁。2死二塁の場面で代打にベテラン糸井嘉男が出た。終盤だけにダメ押しのチャンスだ。

しかし、ここでヤクルトの2番手・今野龍太が絶妙のけん制球を二塁に送り、佐藤輝は刺された。これでチェンジ。糸井は守備につかなかったので何もしないまま退くことになった。

佐藤輝と糸井は近大の先輩後輩だ。そして阪神にはもう1人、近大OBがいる。俊介だ。現在はファームで昇格をうかがっているが、この瞬間、10年前に起こった俊介の“大きなプレー”を思い出した。

11年4月15日の中日戦(ナゴヤドーム)。阪神が2点リードし、なお8回の攻撃だ。2死一塁の場面で控えだった金本知憲が代打に出た。ここで一塁走者だった俊介が二塁へ盗塁を企てたのだが失敗する。

これで金本の打席は完了せず、守備にも就かなかったので98年7月10日から継続していた出場記録が「1766試合」で途切れることになった。鉄人の記録がいつ途切れるかは虎党の注目事だったが思わぬ形での決着となった。

その試合を現場で見ていた。青白い顔の俊介と対照的に、金本が笑みを浮かべていたのを覚えている。「全然(気にしてない)。(むしろ)笑えたぐらい」。虎番記者の取材に余裕で答えたものだ。記録のために試合出場を続けることはすでに良しとしていなかっただけに淡々とした様子だった。しかし同時にこう付け加えるのを忘れなかった。「まあ、誰がバッターであれ、あそこで盗塁するのにはびっくりしたけどね」。

つまり、2死から代打が出たときに走者は盗塁しないのは基本のセオリー。よほどのことがない限り、それはないということを指摘したのだ。金本と俊介は広陵高の先輩後輩でもあり、指導でもあった。

それから10年後のこの試合。盗塁ではなかったけれど、あの場面、やはり佐藤輝は細心の注意が必要だったということだろう。接戦での二塁けん制は知将・野村克也が好んだものでプロ野球の神髄でもある。

そんなプレーが出て、阪神は勝てなかったが負けもしなかった。12球団でこれまで唯一記録していなかった引き分け試合は若い佐藤輝にとって大きな勉強になったはずだ。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)