06年に早実(西東京)で日本一に輝いた元日本ハム斎藤佑樹氏(34)が今夏、16年ぶりに夏の甲子園のマウンドに立った。6日の開会式直後に、始球式に登場。特別連載「斎藤佑樹が見た甲子園」。第1回は、昨夏の王者、智弁和歌山の登場で全49校が出そろった13日の戦いを見つめた。

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昨年の優勝チーム、智弁和歌山が敗れました。僕らが優勝した06年も、早実は開会式の日に1回戦(13-1鶴崎工)がありました。初日に出て、試合に勝つと、落ち着くし力が湧く。国学院栃木も初日にすごくいい形で勝って(10-3日大三島)、気持ちの上では相手よりリラックスして戦えていたと思います。

追われる立場の智弁和歌山は、当時で言えば田中投手がいた駒大苫小牧や横浜。開会式に全員で優勝旗を返しに来た姿はすごくかっこ良かったです。それでも初戦はやっぱり緊張や気負いがある。両チームともエースがリリーフで出てくる展開でしたね。今大会を見ていて目立つのは1人のエースより、継投がすごく多い。球数問題を含めて、それが当たり前になっているのか、みんな準備がしっかりできている印象です。僕らの時は球数や日程を気にする必要がなかった。戦い方が変わってきてますね。

第1試合(有田工-浜田)の試合後は、審判の方が両チームに「奇跡の試合」と言ったと聞きました。コロナ禍に苦しんだ両校。終わったあとに声をかけてくれるって、本当にうれしいですよね。僕らの頃はあまりなかったと記憶してます。これも時代とともに変化したことなのかもしれません。開幕試合(日大三島-国学院栃木)のあとも両校に「甲子園で試合ができたことは誇り。胸を張って、終わります」と。すごくいいですよね。

試合では、有田工の8番山口選手が1球ごとに右打席、左打席とを移動してましたね。勝つために、何か考えるところは(日本ハム)杉谷拳士とダブりました。彼も貪欲。元気もあるし、何でもやってチームの勝ちに貢献するという思いが常にある。山口選手にもそれをすごく感じましたね。

この日で、全校が登場しました。今年の始球式で、また甲子園のマウンドに帰ることができたのは本当にうれしいことでした。16年前の風景と全然変わらず、やっぱり甲子園のマウンドって本当に投げやすい。キャッチャーだけじゃなくて、ベンチ、アルプス席、バックネット裏の風景とかも、すごくファンの方たちが温かくピッチャーを見てくれてます。どっちを応援するとかじゃなくて、それこそノーサイド。そんな雰囲気をすごく感じました。

自分自身、16年前のあの夏の甲子園がなければ、いろいろな人とも出会えてない。あの記憶があったからこそ、16年間野球を頑張れました。いい記憶も、苦しい記憶も、全部自分の中では大事な記憶。今の選手たちも、今回甲子園に出たことだけでもすごいことです。それぞれの記憶を、これからも大事にしてほしいです。