<全国高校野球選手権:龍谷大平安9-8旭川工>◇12日◇1回戦

 北北海道代表の旭川工は、惜しくも甲子園初勝利を逃した。龍谷大平安(京都)に延長11回の死闘の末、サヨナラ負けを喫した。2点を追う3回表、8番菅家祐太右翼手(3年)の右中間適時三塁打で反撃開始。初出場の91年以来、21年ぶりの得点で勢いづいた打線は10安打で8点を奪った。しかし、9回裏に2死から同点とされ、11回に力尽きた。5度目の挑戦も悲願はかなわなかったが、夏32度の出場を誇る古豪相手に堂々とした戦いを見せた。

 旭川工ナインに降り注ぐ拍手と歓声は、しばらくやまなかった。3時間1分の熱闘。持てる力を全て出し尽くした。三塁側アルプス席へあいさつに向かおうとすると、観衆はスタンディングオベーションで健闘をたたえた。負けた。しかし、果敢に甲子園初勝利を目指した、はつらつとした姿は、2万2000人の心を大きく動かした。

 実に7670日ぶりの得点が、反撃の合図だった。2点を先行された3回表無死一塁。打席に入ったのは菅家右翼手だ。サインはバスターエンドランだった。「監督からは試合前に、思い切ってやってこいと言われて、自信になっていた」。バントの構えから、初球を思い切り引っぱった。打球は右中間を破った。一塁走者の栗栖一塁手が一気に生還。チームとしては31イニングぶり、21年の時を経てスコアボードに「1」が刻まれた。

 待望の打点を挙げた菅家は入部当初、将来の4番候補の1人だった。だが、ケガに悩まされてきた。1年冬に両膝から足首の内側にある脛骨(けいこつ)の下方部に痛みが生じるシンスプリントを発症。「ずっと痛くて、走るのも嫌になるくらいだった」。2年夏には練習についていけないほどだった。野球をやめることも考えた。弱気になっていた時、母由起枝さん(42)の言葉が胸に響いた。「最後まで、やり抜け」。心を入れ替え、故障を乗り越えた。2年秋に初めてベンチ入りし、11カ月後に大舞台で大仕事をやってのけた。

 負の歴史が終わり、打線に火が付いた。同点で迎えた5回表には3安打を集めて2点勝ち越し。4-4とされた7回表は、打者9人の猛攻で4点を奪った。適時打、スクイズ、押し出しなど多彩な攻めで10安打8得点。つなぎを意識した野球を最高の舞台で披露した。それでも、あと1歩、力が及ばなかった。

 9回裏2死走者なしから追いつかれ、サヨナラ負け。それでも、菅家は言った。「甲子園は悪魔がいるとか言いますが、そんなこと全然感じずにできました」。確かに、悪魔はいなかった。背番号9の一打をきっかけに、ナインは死力を尽くした。試合後のマンモスに鳴り響いた優しいどよめきが、それを物語っていた。【木下大輔】