ハンカチ世代の苦労人がようやくプロの扉を開いた。軟式野球の相双リテック(福島)菊沢竜佑投手(28=立大)がヤクルトから6位指名を受けた。テレビ中継で名前が映し出されると「実感がない。格好いいと思われる投手になりたい」と最速148キロ右腕は笑った。

 自らを「レールを踏み外した野球人生」と話す。秋田高から立大に進学。東京6大学リーグで同校の通算800勝目を記録するなど、持っている男だった。だが3年秋に右肘の靱帯(じんたい)再建術を受けた。プロ入りの夢は断たれた。

 だが、諦めなかった。山崎製パンに就職し、トラックを運転しながら深夜3時から配達。卒業後1年してから横浜金港クラブに所属し、技術を上げた。14年9月に「ダメだったら野球をやめる」と会社を退職し、巨人のテストに合格するも指名漏れ。「まだできる」と海を渡り、15年から米独立リーグのソノマ・ストンパーズと契約し、月400ドルの給料で投げ続けた。

 15年12月、縁があって福島・いわき市の相双リテックに入社。軟式に転向したが、球速は5キロ増の148キロに成長。9月の全日本軟式野球大会では直球とスライダーを武器に準決勝では無安打無得点を達成し、準優勝の原動力となった。「チャンスがあればプロになりたい」と最大6球団が視察に訪れるほどになった。

 直近のタイトルは同県の「早起き野球大会」での最優秀選手。日本ハム斎藤やヤンキース田中と同い年と問われると「かけ離れすぎています」と笑う。「神宮はうれしい思い出も、悔しい思い出もある特別な場所。夢の途中で、くすぶっている人に夢を与えられたら」と意気込んだ。【島根純】