プレーバック日刊スポーツ! 過去の3月14日付紙面を振り返ります。1997年の一面(東京版)はオリックス・イチロー外野手の常識破りの走塁でした。

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<オープン戦:巨人6-4オリックス>◇1997年3月13日◇前橋

 オリックス・イチロー外野手(23)が常識破りの走塁でファンを魅了した。13日、対巨人オープン戦(前橋)の7回表、1死一塁から中島の平凡な左飛でタッチアップ。楽々と二塁を奪った。打っても今季初の3安打、猛打賞をマーク。4・5開幕へ向け、イチローのエンジンが全開となった。

 「行ける」。左翼・清水が捕球体勢に入った瞬間、イチローは決断した。ハーフウエーから素早く帰塁すると、間髪入れずに二塁へタッチアップ。90フィート(約27メートル)の塁間を50メートル6秒0の快足で飛ばす。清水からの送球を中継した遊撃の元木が慌てて二塁へ送球したが、イチローの右足はすでに二塁キャンバスに到着していた。

 巨人清水が「しまった」という表情で天を仰ぐ。常識破りのイチロースーパー走塁に前橋の2万1000人のファンも拍手を送るしかなかった。7回表1死、ヒットで出塁したイチローが続く中島の平凡な左飛でタッチアップ。二塁を奪った瞬間だった。

 これまでも何度か外野フライで一塁からタッチアップしたことはあった。しかし、それは公式戦中。相手外野手の肩、捕球体勢、動作のクセなどがミーティングで事細かにレクチャーされた上でのこと。だが今回はオープン戦、しかもセの巨人が相手。ほとんど知らない相手に成功させたことに意義がある。

 イチローは「捕球体勢を見れば(タッチアップできるかどうか)分かる」と話したことがある。タッチアップに備える場合は素早く送球するため、落下地点のやや後方にポジションをとるか半身になる。しかし、清水のとった体勢はただ捕球するだけのもの。両足をそろえ、次の送球動作には入っていなかった。それを見て、一瞬の判断でタッチアップを決めた。

 清水は「僕が下手だからです」とガックリ。V9時代は名外野手として鳴らした高田外野守備コーチは「清水のミス。まさかと思って油断してましたね。いくら足が速くても、捕ってすぐ投げれば走れるわけないんだから」と話したが、イチローの野球選手としてのソツのなさ、能力の高さをあらためて感じたに違いない。

 もっとも5回2死一、二塁の場面では、ニールの右前安打で一塁から一気にホームを狙い、5メートル手前でタッチアウト。「2死だったから」と腕を回した福原三塁ベースコーチは苦笑したが、イチローがその意図を説明した。「あれはアウトになることが分かっていたプレー。まだ(僕の)走り込みが足りないということもあって、行かせてくれたんでしょう」。

 バットの方もいよいよエンジン全開。10試合目の出場で初の3安打、猛打賞だ。これで6戦連続ヒット、打率も3割1分4厘まで上げてきた。

 「乗ってた? それは見てる人に判断してもらうことですからねえ」と相変わらずコメントはクール。もちろん「見てる人」は絶賛。新井打撃コーチは「らしい当たりが出てきた。イチローはいつでも開幕OKです」。仰木監督も「いよいよ開幕なんや」と、打って、走って、清原不在のオープン戦を一人で盛り上げたイチローの姿に、開幕近しを感じ取っていた。

 ◆心 チームリーダーとしての自覚が見えてきた。仰木監督は「そろそろリーダーとしてチームを引っ張ってもらえれば」と期待しているが、イチローもそれは分かっている。しかし、まだ23歳。「口で言うより、一生懸命のプレーで見せたい」と、不言実行のリーダーを目指している。

 ◆技 昨年、夏場以降オープンスタンスに打撃フォームを変えたが、ここまでに完全に自分のものにした。昨季前半はバットのヘッドが投手側に入ってしまうことがあったが、オープンスタンスに変えてからは、そのクセも完全に解消。今季も昨年後半戦で4割を打ったオープンスタンスで臨む。

 ◆体 宮古島キャンプ打ち上げで行われたスピードガンコンテストで150キロを投げたように、まだまだ成長を続けている。本人は公表したがらないが腕回り、ふくらはぎも昨年より太い。あるチームメートによれば、裸になったイチローの上半身は「仮面ライダーみたい」に鍛え抜かれている。

※記録と表記は当時のもの