これぞ魔法の決勝打? 阪神原口文仁捕手(26)が15日のDeNA戦(甲子園)で放った左翼への決勝タイムリーは、まか不思議な軌道を描いた。打った瞬間は三塁側のファウル方向に飛び出したが、その後ググっとスライスしてフェアゾーンに落ちた。まるで漫画のような打球になったメカニズムを専門家に分析してもらった。【特別取材班】

 息詰まる0-0が続いた6回2死満塁。エスコバーが投じたボール気味の内角高め、148キロの剛球に、原口のバットは真っ二つに折れた。ドン詰まったハーフライナーが、左翼ファウルゾーン方向へ上がった。原口もファウルと思ったようで、一塁へ走りかけて一瞬止まるようなしぐさを見せた。だが力なく弧を描いた飛球は、三塁後方付近でカーブしながらフェアゾーンに向きを変え、左前に落ちた。まるでゴルフのスライス。金本監督も「最初ファウルゾーンに飛んだみたいで中に入ってきた」と驚いた打球は、着地後も右方向に切れながら転がった。

 その時、打球に何が起きていたのか。工学部で流体工学を専門とする大学教授に、その映像を見てもらった。すると「大きなヒントは、バットが折れたことにあります」と分析。「バットが折れたことで、投手が投げてきたボールの回転を吸収して止めているように見えます。つまりその後は、無回転に近い打球を外野にはじき返したことになります」と解説してくれた。

 通常、投手の球を打ち返した打球には逆回転のスピンがかかり、いいポイントで捉えるほど遠くへ飛ぶ。だが打球の回転数が少ないと、ボールの後ろの空気が上下左右に揺れる現象が起きるという。揺れを起こす空気の流れは「カルマン渦(うず)」と呼ばれ、不規則な軌道を描く要因になる。

 「カルマン渦」の影響は、打球の速度が速いうちは少ない。だが打球の速度が落ちてきた時に大きな変化が出る。バットが折れてほぼ無回転になった原口の打球は、落下まで徐々に速度が緩める中で、「カルマン渦」の強い影響を受け、ファウルからフェアゾーンに方向が変わったとみられる。専門家はこう続ける。

 「蹴った本人にも分からないほど不規則に動いて、ゴールキーパー泣かせなサッカーの無回転シュートや、バレーボールや卓球の無回転サーブも同じ原理です。ただ野球のボールの場合は縫い目がある分、より空気抵抗を受けるので、より不規則に動きやすい。ナックルボールなど、投手が投げる球も、回転数が少ないほど激しく揺れます」

 原口の打球は、サッカーの本田圭佑らが得意とする無回転シュートと同じ理屈で生まれたというわけだ。だが、野球で打者が無回転打球を飛ばすのは極めてレア。投球を打ち返す受け身の立場ゆえ、コントロールできるものではない。当日三塁コーチで目撃したプロ37年目の高代延博コーチですら、目を丸くしていた。

 「ナックルボールみたいな感じやろ? プロに入ってあんな打球は初めて見た。何であんなところに落ちるのかな。絶対ファウルになると思ったわ。何かと何かが合わさって化学反応を起こしたのかな。びっくりしたね」。その上で甲子園特有の浜風も引き合いに出し「風が右から左に流れている中で、(浜風に)向かっていってたな。あんなボール、ノックしても捕れないわな」と不思議がった。

 そして当の原口は、打球が変化した理由は「何となくわかっていました」と笑顔。「テレビ局に、珍プレー好プレーで使ってくださいと言っておいてください」と笑った。しかも決勝タイムリーになったのだから、まさに猛虎新伝説。これからは、バットが折れた時の飛球の行方に注目するのも一興かもしれない。