特別な開幕戦で、特別な勝利を挙げた。2020年6月19日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、プロ野球が約3カ月遅れで開幕した。誰もが待ちわびた一戦で、巨人が史上初の通算6000勝を達成した。試合前セレモニーでスピーチで周囲への感謝と選手への敬意を表した原辰徳監督(61)は「中間管理職」時代の経験を糧とし、名将への道を歩んできた。待ち望んだ闘いの舞台。節目の勝利を追い風に、リーグ連覇と8年ぶりの日本一奪還へ突き進む。

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握りしめた拳を、こん身の力で突き出した。1点を追う7回、勝負どころと見た原監督が代打攻勢に出る。左キラー石川、プロ初打席の湯浅を送ってつくった1死二塁のチャンスに、今季1番定着を願うニューヒーロー候補吉川尚が逆転2ランで応えた。指揮官は「本当は抱き締めたかったよ」と、初解禁した「エアグータッチ」で出迎えた。

プロ野球85年目で、初めて無観客で迎えた特別な開幕戦。3日から10日間の入院生活を送った坂本を2番で先発起用した。前日約束した午後2時59分まで待つことはなく、球場入り直後に決断。「本人から行くということだった。よし行こうと」。坂本にとっては07年に亡くした母輝美さんの命日と重なった。

「ベストではないでしょう。ただ今日は心技体という点において『心』が強かった」。キャプテンにも1安打が出て、節目の6000勝に逆転で到達。監督通算1025勝目で、3年間のコーチ時代を含めれば1253勝目。「指導者」としての白星は、川上哲治氏より44勝多い球団史上1位の記録になる。

長嶋茂雄監督の下、ヘッドコーチなどを務めた99年からの3年間。自ら「中間管理職」と呼ぶ期間が名監督の原点になっている。

「監督はボスであり社長。僕は部長みたいなものだった。担当コーチは課長。組織で言えばね。例えばチームの作戦で『A案』と『B案』がある。私は『B案』だと思って監督のところへ行く。議論した上で、しかし今回は『A案』だと」

自らの意思とは違う決定を、いかに“部下”の選手に伝えるか。「当然選手たちも何で『B案』じゃないんですかと言ってくる。その時に監督が『A案』と言ってるんだと。それを言ったら組織は崩壊する」。監督の意を酌み、チームの決定として伝えるのが仕事。「私も『B案』だと思ったと言えば、決定した『A案』の作戦がうまくいくことはない。そこが中間管理職の一番難しいところ」。

監督就任は02年。組織のボスとして8度のリーグ優勝、3度の日本一を達成した。「中間管理職から監督になると、監督には限界がないことを知っている。自分の意思で決めて、伝えられる」。キャプテン坂本の起用、代打攻勢…。今季から“中間管理職”に配した元木ヘッドコーチらとともに、自らの決断でチームを着実に前に進めている。

試合前、マイクの前に立つと周囲への感謝とともに選手へのリスペクトを示した。困難な状況下で「コンディションを整え、元気に立つ姿、あらためて敬意を表し、健闘を祈ります」。正々堂々、胸と胸を突き合わせる、待ち望んだ戦いが戻ってきた。【前田祐輔】