プロ1号は特大のバックスクリーン弾だった。阪神ドラフト1位佐藤輝明内野手(22)がヤクルト戦の1回にプロ初安打、初本塁打となる推定130メートルの1号2ランを放った。

阪神の開幕2戦目での新人本塁打は最速タイで、ドラフト制後では最速。12球団ルーキー一番乗りの放物線で、すべての野球好きを喜ばせた。矢野監督も「想像を超える選手」と驚く怪物ルーキーの活躍で、2年ぶりの開幕2連勝となった。

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快音とともに白球が神宮の空に高々と上がった。中堅手塩見はすぐに追うのをあきらめ、打球はバックスクリーン最上段にぶち当たった。「打った瞬間にいったと思いました。最高に気持ちよかった。これでプロとしての1歩目を踏み出すことができた」。球場がどよめく中、佐藤輝は堂々とダイヤモンドを1周した。

開幕2戦目、5打席目で飛び出した初安打が初本塁打。91年に同じく初安打を本塁打で刻んだ矢野監督は「俺と比べるなよ。レベルが違う。あいつなんか打ってもビックリしないだろ」とおどけ、「想像を超えるというか、期待に応える魅力がある」と怪物ルーキーのすごさを改めて感じた。

「野球で本塁打が一番面白い」と本塁打にこだわり続け、ここまで来た。2年前、奈良・生駒市の近大グラウンドで右中間場外へ佐藤輝の打球が飛び出し、民家を直撃した。住民に危険が及ぶため、数百メートル奥の山に囲まれたグラウンドにチームごと練習場を移った。だが、昨秋に佐藤輝が引退すると、また元のグラウンドに戻り、右中間ネットを高く増設する「佐藤ネット計画」も消えた。近大・田中秀昌監督(64)は「佐藤以外にあそこまで飛ばすやつはいませんから」と笑う。母校の練習場すら左右する規格外のパワーだった。

ドラフト前の昨年10月、佐藤輝はYouTubeでヤクルト時代のバレンティンが神宮で「大暴れ」する動画を見た。「60本打った時の映像。ボール球だろうが運ぶ感じで、見ていて楽しい」。13年にプロ野球記録の60発を放った助っ人は、バックスクリーン上の看板へ推定135メートル弾をぶち当てていた。それから半年後、当時の大学生が同じような特大アーチを描いた。

田中監督は「プロで下半身の使い方を教えてもらったことで、しっかりボールとの間が取れている」とプロでの進化を説明。もともと変化球を打つのはうまかった佐藤輝が、下半身主導でグッと我慢できる打ち方を身につけた。プロ1号は左腕田口のスライダーを下半身で粘って待って捉えた。ヒーローインタビュー。佐藤輝の言葉はプロの自覚にあふれた。「今年こそ優勝を目標に、その戦力に少しでもなれるように頑張っていきます」。地元・西宮で育った男は「今年こそ」と虎党が優勝を待ちわびていることを知っている。【石橋隆雄】

◆阪神の選手が12球団新人本塁打の一番乗りは、近本が19年4月11日DeNA戦で代打での1号を放って以来、2年ぶり。チーム12試合目だった。

◆ルーキー佐藤輝がプロ初アーチ。開幕カードで本塁打を打った新人は16年戸柱(DeNA)以来でドラフト制後15人目。阪神ではドラフト制以前を含めて56年大津、69年田淵、01年沖原に次いで4人目。田淵と沖原はチーム3試合目で、チーム2試合目に1号は56年大津に並ぶ球団新人最速1号だ。新人で29本打って本塁打王に輝いた58年長嶋(巨人)の1号はチーム6試合目の4月10日大洋戦で、新人記録の31本塁打した59年桑田(大洋)と86年清原(西武)の1号はともにチーム2試合目。長嶋より早く、桑田、清原と同じチーム2試合目に1号を放った佐藤輝は何本打つか。

▼ヤクルト-阪神戦は佐藤輝、元山の両軍新人が本塁打。同一年の開幕カードでルーキー2人が本塁打は81年の原(巨人)と石毛(西武)以来。今回のように開幕カードで新人が本塁打の応酬は58年4月5日、開幕の広島-中日戦で森永(広島)と森(中日)が打ち合って以来、63年ぶり。

○…客席にいた佐藤輝の父博信さん(53)は初本塁打に「いつもそうだけど、何か現実感がない。(打球が)入った瞬間も(ダイヤモンドを)回っている時も、ああ夢なんかなって」と信じられない様子だった。それでも「今日、何か予感がしたから」とその打席はスマホで動画撮影でき、一生の記念となった。父方の祖父勲さん(81)も宮城から駆けつけ「バックスクリーンの本塁打は初めて見ました」と喜んでいた。