バットにボールが当たっただけで、スタンドがどよめいた。浦和学院(埼玉)の坂元弥太郎投手(3年)が、衝撃の甲子園デビューを飾った。1回戦の八幡商(滋賀)戦で、大会タイ記録となる19奪三振をマーク。自己最速142キロを計時し、直球と同じ腕の振りから繰り出すスライダーで次々と空振りを誘い、54年ぶり4人目の大記録を達成した。9日目(16日予定)の2回戦では、この日8回15奪三振の柳川(福岡)・香月(かつき)良太投手(3年)と投げ合う。

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1球、1球に三塁側アルプス席の3000人を超える浦和学院大応援団が揺れる。バットにボールが当たるだけでどよめきが起きた奪三振ショーも、ついに9回表2死。八幡商の代打野々村孝の打席に、54年ぶりの大記録がかかる。カウント2―2。127キロ低めのスライダーで空を切らせた三振は、19個目を数えた。最後は、7回2死から7者連続三振での記録達成だった。

初代ミスタータイガースの故藤村富美男氏らに並ぶ、歴史的な記録。それでも坂元は、何事もなかったかのようにマウンドを下りた。「記録? 知らなかった」と、騒ぎにびっくりした表情。「三振もうれしいけど、勝ったことが本当にうれしい」と、喜びを実感した。

19三振のうち、スライダーで仕留めたものが13個もあった。失策絡みで1点を失ったが、許した安打も1本だけ。「序盤に緊張して直球が走らなかったので、スライダー主体に切り替えた。エラーが多かった(2個)ので自分がやるしかないと思った」。勝ちたい気持ちと、独特の緊張感が三振ラッシュにつながった。これまでの自身最高は今年6月の栃木高との練習試合で記録した14個。県大会レベルでは研究しつくされ、これほど数を奪うことはできなかった。初めて対戦する八幡商には効果絶大だった。序盤は走っていなかった直球も、最速を2キロ上回る142キロを計時。腕の振りが変わらない120〜128キロのスライダーは、幻惑するのに十分すぎた。2三振の野々村宣は「分かっていても体が突っ込み、振ってしまった」とうなだれた。

2年間をかけて肉体改造した。入学時は82キロもあり、野球ができる体ではなかった。「バント処理やけん制も全くといっていいほどできなかった」(高間薫部長)。食事制限はせず練習で絞り、69キロまで落とした。さらにウエートトレや走り込みで74キロに戻した。今夏は、チーム全体が7月から専門家についてもらい、食事まで細かくチェック。「坂元は、県大会が終わってから、良くなってますよ。その予定で調整させてきましたからね」。森監督には、すべて計算ずく。6月下旬に疲れのピークを設定。チーム状態を上げて県大会に臨み、大阪入りしてからは、初戦に向けて最高の状態に仕上げた。

2年前にがんで亡くなった母和子さんに勝利の報告を終えた坂元。9日目の2回戦では、この日8回15三振の香月擁する柳川と対戦する。「今度はコントロールに気をつけ、自分の投球をします」。20世紀最後の甲子園で生まれた剛腕伝説は、まだ始まったばかりだ。【浅見晶久】

★1946年(昭21)準決勝で19奪三振をマークした浪華商(現大体大浪商)の平古場昭二さん(73) テレビ観戦していました。7回くらいから(新記録更新は)いけるんじゃないかと思ってました。いつかは破られるだろうという半面、残しておきたい気持ちもあって複雑な思いでしたよ。正直、ホッとしてます(笑い)。坂元君はコントロールが良かったですね。

<スカウトの目>

高校生には珍しく、直球とスライダーのフォームが全く変わらないことも19奪三振につながったといえる。プロでいえばヤクルト伊藤智のようなタイプ。ゆったりしたテークバックから腕の振りが速く、打者にとっては打ちづらい。県予選での評判は決して高くなかったが、運や対戦チームとの相性だけで19三振は取れない。真価が問われる2回戦の柳川戦に注目したい。

(日本ハム編成部長=三沢今朝治氏)

★中日堀江スカウト 甲子園を楽しんでいたね。テンポも良かったし。もうちょっと腕を振れれば、もっと速くなる。

★ロッテ木樽スカウト タイミングが取りづらい投手。夏の県大会後に受けた報告より、いい評価をしないとね。

★浦和学院OBの横浜木塚 坂元君とはまだ僕が大学時代に、母校のグラウンドで会ったことがあります。彼はまだ1年生で、頼りなさそうで、よく監督に怒られていたのを覚えています。

◆坂元弥太郎(さかもと・やたろう)

◆生まれ 82年(昭57)5月24日生まれ。埼玉県蕨市出身。

◆サイズ181センチ、74キロ。右投げ右打ち。足は27.5センチ。視力左右1.5。

◆名前の由来 三菱グループの創始者、岩崎弥太郎からとったもの。

◆野球歴 芝園小(川口市)1年から始め、投手一筋。

◆家族 父良也さん(57)兄良馬さん(20)弟良太郎さん(16)象滋郎さん(15)。

◆好きな球団 横浜。