プロ野球の投手で1964年の阪神などセ、パ3球団でリーグ優勝に貢献し、通算121勝を挙げた若生智男(わこう・ともお)さんが3日の午前1時、千葉県船橋市内の病院で肝臓がんのため死去した。87歳だった。

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▽1985年阪神日本一監督・吉田義男氏(90=日刊スポーツ客員評論家) 寂しいですね。本格派のピッチャーで回転の利いた速い球を投げました。私が監督だった1975年、阪神若生と広島安仁屋(宗八)の交換トレードをしました。安仁屋はうちで最優秀防御率(1・91)、カムバック賞に輝き、若生は広島で先発として球団初の優勝に貢献。お互いが新天地で活躍したトレードの成功例でした。人柄が良く、気のええ男でした。ご冥福をお祈りいたします。

▽元阪神投手・中西清起氏(62=日刊スポーツ評論家) プロ1年目の投手コーチが若生さんでした。昭和時代の厳しいイメージの指導者ではなく、いつも温厚な方でした。ドロンと曲がるカーブが武器だった若生さんから「お前のカーブはどうやって投げるんだ?」と聞かれたことがあります。私が「親指ではねるように、ひねって投げます」と答えると、若生さんは「だからスピンがかかるんだな」とカーブ論を交わした記憶があります。ユニホームを脱いだ後も気に掛けてくれていただけに残念です。