ソフトバンク中村晃外野手(35)が日刊スポーツに手記を寄せた。今季は代打専任スタートもシーズン序盤に故障者が多発。急転スタメンを任され、4番としてもチームを支え続けた。8月26日には節目の通算1500安打を達成。プロ18年目、生え抜きのベテランが語るホークスのレギュラーたる姿とは…。中村が自身の生きざまを赤裸々に語った。
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連覇を達成することができて本当にうれしい。今年は春季キャンプ中に小久保監督と話す機会があり、グラブを置いてバット一本で勝負するという結論に至った。私もそのつもりで準備をしていたので、意見は一致していた。今季だめなら終わりだと思っていたので、自分の中でも決着をつけるために勝負どころでの代打に徹すると決めた。オープン戦では守備に就くことなく開幕を迎えたが、これは初めての経験だった。
開幕3連戦は3連敗。さらに近藤が腰痛で離脱した。2カード目は札幌で日本ハム戦。前日、私はいつも通りの移動日を過ごしていたが「明日の昼食後に少し時間が欲しい」と監督から連絡が届いた。そこで大体の察しはついていた。
監督からは「スタメンに復帰して欲しい」とお話をいただいた。うれしいことだが不安要素が多く、10秒くらいは返答ができなかった。何年やっても打球を処理するのは不安で、走塁は一番難しいし、怖さも知っている。そこは監督も分かってくださり「守備に就くのはまだ先に」と言葉をいただいた。そしてチームが必要としてくれているのであれば、選手として断る理由はないと思った。
好不調はあったが、バットを変えたりコンパクトに強く振る意識を持って試行錯誤を繰り返した。8月26日の楽天戦では1500安打を達成できた。思えば1000本から1500本の間は心身ともに伸び悩む事が多かった。年を重ねて体も変わり、今まで簡単にできていた事が徐々にできなくなっていく難しさを感じた。スタメン落ちも経験し、レギュラーだった分プライドも傷ついた。お酒に逃げることもあったが「へこたれている場合じゃない」と思い、何とか前を向き直してきた。
私の長期的な目標は人間として成長していくこと。例えば1試合を行うためにどれだけの人が協力して試合を作り上げるか。当たり前ではない。プロ野球選手でいると、いつも勘違いしそうになる。常に感謝し、自分を律して誠実に生きていくことで人間は成長する。若い頃は感謝の気持ちが薄れたり、結果が出ないと道具に八つ当たりしたこともあった。今ではそれは間違った生き方だと学んだし格好よくない。試合に出られなければ実力不足。道具のせいでもなんでもない。
人は逆境に立った時ほど立ち振る舞いに慎重にならないといけないし、逆境の時ほど周りはよく見ている。昨年、私は逆境に立っていた。スタメン出場が減って代打でも結果が出なかった。昔なら投げやりになって練習や準備をおろそかにしていたかもしれないが、絶対にしなかった。後輩たちは私の姿を見ていると思ったし、私がしっかりしていればチームの雰囲気は締まると思った。それも含めて戦力なのだと。
今年は18年目で離脱することなくプレーできた。原動力は昨年チームを引っ張った主力たちが序盤に相次いで離脱し「みんなが帰ってくるまでチームを守る」という気持ちだった。小久保監督からスタメン復帰の話があった時から、なんとか優勝争いからはみ出さないようにと思っていた。同時にレギュラーは常に試合に出場する強い選手でないといけないという思いもあった。それを示したかった。歴代の先輩方を見てもそう思っていた。ホークスのレギュラーはどんな姿であるべきなのか。その強さを後輩たちに示したかった。
今は全試合出場なんて古くさいのかもしれないが、ホークスで育った私が後輩に伝えていきたいことがある。技術向上はもちろん、強い選手にならなければ競争にも試合にも勝ち続けることはできないということ。生意気だが、そう伝えていきたいと思っている。言葉でも、姿でも。(ソフトバンクホークス外野手)
◆中村晃(なかむら・あきら)1989年(平元)11月5日生まれ、埼玉県出身。帝京から07年高校生ドラフト3巡目でソフトバンク入団。14年に176安打で自身初タイトルの最多安打を獲得。20~23年は前身の南海を含め、球団初となる一塁手部門で4年連続のゴールデングラブ賞を受賞。今季は単年契約で、推定年俸は1億円プラス出来高払い。175センチ、81キロ。左投げ左打ち。



