日本代表のW杯カタール大会前、最後の親善試合カナダ戦が終わった。僕には戦う姿が見えなかった。もちろん、僕が想像するよりはるかに厳しい中での戦いだと思っているが、ワンプレー、ワンプレーのあとのしぐさや表情からそれを受け取ることはできなかった。

全てのスポーツはメンタルだ。メンタルとは思考のことではない。それは精神だ。チャンスの後にはピンチがあることくらい誰もが知っている。3バックに変えて攻撃的にいこうとワイドから攻略できたのは素晴らしいが、それが90分の戦いになればもろ刃の剣にもなることを証明した。

きっとPKを与えた山根選手を責めることはないだろう。しかし、僕はあのプレーに関しては責めるべきで、それをチームの長であるキャプテンや監督がみんなの前で言えたかどうか非常に気になる。それはチームにとっても山根選手にとっても強いては日本サッカーにとっても非常に重要なミスを起こしたからだ。

これは彼への人格批判や誹謗(ひぼう)中傷を促しているわけではない。あの場面であのプレーで出てしまうのは確実に疲労とメンタルのバランスが悪かったからに他ならない。

その直前に山根選手がゴール前に抜け出して作っていた決定的なチャンス。

「素晴らしい抜け出しからシュートを打ち、惜しくもゴールならず」

このメンタルがFWの場合はそのままでいいが、DFである山根選手にはかなり厳しい言葉をかけなければ、脳の中はボールがポストに当たった音でいっぱいになる。それは無意識に中で起こることだ。それによって体の反射反応が遅れ、PKの場面になったのだと僕は考えている。

これは本戦でも起こりうること。「本戦じゃなくてよかった」など口が裂けても言ってはならない。これはチーム戦術で修正できる問題ではなく、1人1人のメンタルや覚悟に問いかけなければいけない問題なのだ。

僕がJリーガーを目指しているとき、格闘家としてリングに立つ時、整えるべきは精神だ。思考は情報に左右されやすい。その左右された思考が肉体にブレーキをかける。するといらない映像が脳裏をよぎる。肉体は硬直し、角の緊張状態に陥り、間違った信号を送ろうとする。体は反応したいが思考が制限をかける。その瞬間に脳と体のミスマッチが起こり、アクシデントに変わる。

監督が全員の前で、そのことを踏まえて厳しく叱咤できたかどうか。それによって厳しい戦いが予想されるW杯で同じことが繰り返されることなく、全員の精神が同じ方向に向くようになる。

吉田選手の試合後のインタビューは優等生すぎる。あそこであえて感情をあらわにして叱咤(しった)することで国民を味方につけて、もう1度代表の後押しをしてもらう必要があった。あれでは「やっぱりダメか」と離れてしまう国民が増える。それではこれからの日本サッカーにとって何もいいことはない。

キャプテンや監督の役割が最も発揮されなければならない場面で、優等生の思考と言動はいらない。ドイツやスペインと真剣勝負するということは、今のままではいけないのだ。それはプレーにおける技術やスタミナといったことではなく、大一番を戦い切るメンタルのことだ。

心が折れれば一気に差がつく実力差がある。だからこそ、疲労や肉体への違和感、そういった普段では感じられないことをその場で感じることになる。その時に助けになるのは、メンタルなんだ。常にアンテナを張り巡らせ、どんな状況になるかをイメージして、毎日を過ごす。試合終盤のPKなど当たり前のようにイメージしておくことが大事だ。

カナダ戦で解説者は「2失点ともセットプレーですからね、内容はよかったと思います」と謎すぎる発言をしていた。W杯本番はセットプレーはゴールに換算されない新しいルールでもできたのかと錯覚したくらいだ。選手も監督も関係者も国民も、ここは見逃せないというところでは忖度(そんたく)なくハッキリ伝えなければ日本サッカーは進化していかない。あのベルギー戦から何も学んでないということを証明した昨日の試合。このままでいいはずはない。

まだ時間はある。それはスキルやスタミナ向上ではなく、メンタルをもう1度整えさせ、本当の意味での覚悟と本気を伝える人が必要だ。僕は40歳でJリーガーになり、43歳でプロの格闘家になった。これは技術じゃない。全て自分の人生に本気になるという覚悟の問題だ。僕ですらここまでは来れる。だったら能力のある人たちはもっといけるはず。才能と努力の才能は5×5だ。才能があっても努力の才能が1なら5のままだ。努力の才能とは本気になることができる力だ。 日本代表選手よ!もっと本気になれ!死に物狂いで勝利を目指せ!日本代表は選手や監督スタッフだけにものじゃない。日本国民全員のものだ。その代表だという自覚を再認識し、日の丸を背負っていることに対してもっともっと本気になってほしい。

届け!挑戦者からの喝!!

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月にアマチュア格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。22年8月に同大会75キロ以下級の王者に輝いた。プロとしては22年2月16日にRISEでデビュー。同6月24日のRISE159にも出場し、2連勝。同10月23日にはスイス・チューリヒで開催された大会「ノックアウト・ファイトナイト8」に参戦し、スイスのパトリック・カバシ(25)と引き分けた。175センチ、74キロ。

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

RISE159でプロ2戦目に臨み、YO UEDAと戦う安彦考真(左) 
RISE159でプロ2戦目に臨み、YO UEDAと戦う安彦考真(左)