大相撲名古屋場所(9日初日、愛知県体育館)では、生きのいい若手力士が平幕上位に躍進してきた。前頭5枚目までを見ても、西筆頭の貴景勝(20=貴乃花)、同2枚目の北勝富士(24=八角)、東4枚目の宇良(25=木瀬)に、西4枚目の輝(23=高田川)。西6枚目の阿武咲(20=阿武松)も入幕2場所目の有望株だ。いずれも、25歳以下で自己最高位の番付で迎える。

 横綱4人が全員30歳以上の中、若手の台頭は活気を吹き込み、世代交代の旗手となりうる。そんな状況で迎える尾張決戦だが、今場所こそは…とひそかに注目している力士がいる。西前頭3枚目の遠藤(26=追手風)だ。

 何をいまさら、の声もあろうが、雌伏の時を経て、今がはばたく時…という予感めいたものがある。平幕上位に定着したここ4場所は7、7、8、6勝。白鵬から金星を奪うなど存在感は見せるものの、各場所前の「星次第では新三役も」というファンの夢は、ことごとく打ち砕かれてきた。ただ、時を経るにつれ払拭(ふっしょく)してきた不安が、自信に変わりつつあるのも確かだろう。

 平幕の上位定着は、3年ほど前にもあった。その時と今で決定的に違うのは、苦難を乗り越えてきた精神的な強さにあると思う。2年前の春場所5日目。松鳳山に突き落としで勝ったものの左膝に重傷を負った。力士生命を絶たれかねない大けが。出足の物足りなさを指摘する好角家の声は、本人が一番痛感し、もどかしい思いだったろう。得意の四つ身に持ち込むための出足を磨こうにも、完全に不安が取り除けない状況では、それもままならなかったはずだ。

 そんな苦悩と闘った時を経て、今はあの時の不安を感じさせない相撲を取れている。もちろん万全ではないだろう。それでも遠藤本人に、気持ちの余裕が戻りつつあると感じたのは、日刊スポーツ恒例の大相撲総選挙で、結果を受けて感想を聞いた時だった。

 これまで数々の競技を取材したが、ある時期、絶大な人気を誇ったものの、成績が伴わずいわゆる“落ち目”になったアスリートは概して、それでもつきまとう自分の人気度に「どうでもいい」といった態度が見受けられた。今年も人気投票5位と支持するファンが多かった遠藤には、素直に受け止め実感する姿勢があった。紙面ではスペースの都合上、ほとんど紹介されなかったので、ここで網羅する。

 遠藤 今年も上位になったんですね。本当にありがたい。根強いんですね。ケガで、あまり期待に応えられなかったけど、もっともっと元気な姿になって、もっと応援してもらえるような力士になりたいですね。ファンの人から、あの(ケガした)時の痛々しい姿を忘れさせるぐらいのですね。「そういえば遠藤って昔、大けがしたんだよな。そんなこともあったな」って、あのケガがほど遠い昔の出来事のように感じさせるぐらい、元気な姿で土俵に立ちたいですね。

 弾むような口調ではない。いつもの物静かな、しみじみとした語り口の中に、内に秘めたものを感じた。出世街道は道半ば。遠回りだったかもしれないが、苦境を歩んだことで得たものもあるはずだ。体も、そして心も強くなった未完の大器に注目してみたい。【渡辺佳彦】