16場所ぶりの幕内復帰を果たし新番付の自分のしこ名を指さす豊ノ島
16場所ぶりの幕内復帰を果たし新番付の自分のしこ名を指さす豊ノ島

退路を断ち、腹をくくった男は強い。大相撲春場所(3月10日初日、エディオンアリーナ大阪)で16場所ぶりに幕内へ復帰した西前頭14枚目の豊ノ島(35=時津風)は、そう感じさせる力士の1人だ。

16年名古屋場所前の稽古で左アキレス腱(けん)を断裂。2場所後に関取の座を追われ、約2年の幕下生活が続いた。引退の2文字を口にする本人の言葉を、これまでの取材でも何度か耳にした。「頭をよぎる時がある」「いつなっても、おかしくない」という言葉とともに口を突いて出ていた。ただ、具体的にどんな状況で腹をくくったのか、デッドラインはあったのか-。番付発表のあった先月25日、取材に応じてくれた本人が明かしてくれた。

くしくも、ちょうど1年前。春場所を前に1つの覚悟を決めたという。その前の初場所で、幕下陥落後2度目の肉離れ。不戦敗を含む3敗4休で、番付は幕下陥落後で最も低い西35枚目まで落ちていた。「ここまで下がったら、一気に(関取に)戻るには全勝(を2度)するしかない。そのプレッシャーはしんどかったな」。同時に、その初場所では膝を大けがし幕下まで落ちたことのある栃ノ心が平幕優勝。「自分はもうダメだ、と思って嫁とも話しつつ、栃ノ心の優勝で“もう1度、頑張ろう”と決めたのが去年の大阪でした」。

そう決意する一方で「こうなったら引退」という、一線も引いた。今後、ケガもしないのに負け越すことになったら引退する-。ケガという理由もなく負け越すというのは、明らかな力の衰え。それ以上に気力がなえたまま土俵に上がる自分を許せなかった。この覚悟だけは譲れない。「嫁にはさんざん(それまで引退と口にしても)止めてもらったけど、やる以上は覚悟が必要。ダラダラやるわけにはいかない。負け越したら潔く引退しよう。そう伝えました」。

退路を断って臨んだ春場所。1番相撲で敗れ「引退」の2文字が忍び寄ったが、再び気力を奮い立たせて2番相撲から6連勝。1つの大きなヤマを6勝1敗で乗り越えた後は5勝、5勝、6勝と白星を重ね再十両で関取復帰。「2場所で十両は通過したい」の言葉通り、十両も11勝、10勝で通過し幕内復帰を果たした。

あれから1年。「あの覚悟があったから上がれた」と言う。苦節の幕下時代、何度か口にしていた僚友の琴奨菊や、横綱との対戦も夢ではない。ケガの前、最後に幕内力士として番付に載った16年名古屋場所では安美錦、豪風、嘉風と自分より年上は3人いた。豪風が引退し、安美錦は十両で苦闘し「一緒に頑張ってきた仲間の引退もあるし」と話すように、今場所は嘉風に続く年長2番目の幕内力士として臨む。「顔ぶれはだいぶ変わってきたようだけど、意外と初顔は少ないんじゃないかな。世代交代の波は来ているけど、オジさんチームも頑張らないとね」。絶望のふちからはい上がった男に、もう怖いものはない。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

貴源治(左)を送り出しで破る豊ノ島(2019年1月23日撮影)
貴源治(左)を送り出しで破る豊ノ島(2019年1月23日撮影)