8場所ぶりに返り咲いた幕内で、ベテランは進化を見せた。12本の懸賞を受け取った西前頭13枚目の安美錦(39=伊勢ケ浜)は「雰囲気が違う。やっとここに戻ってきたのかなという思いと、しっかりここで相撲を取るんだという気持ちで臨めたと思う」と感慨に浸った。

 押し相撲の琴勇輝との一番で、押し負けなかった。はず押しで前に出て、深い左上手を引くと、瞬時に体を開く。タイミング良い上手投げには自身も「いい相撲が取れたね。あんなの稽古場でもしたことないのに」と笑ったほど。「力でなく、体の動きだけで取れたかな」と自画自賛した。

 昨年夏場所2日目の栃ノ心戦で左アキレス腱(けん)を断裂。7月の名古屋場所は全休した。9月の秋場所も、間に合ってなどいなかった。だが、休めば幕下への陥落は必至。「何もしないで落ちるのは嫌だった。半分だけでも出て、少しでも幕下上位に残れればいいかと思っていた。中日(8日目)から出場という話もあった。でも、半分だけの出場なんて、覚悟ができていない。だったら、最初から出ようと決めた」。

 たとえ痛々しい姿、みっともない姿を見せてしまうことになったとしても、できる限り“抵抗”する-。必死に、なりふり構わず相撲を取った。そんなベテランの姿勢に、相撲の神様はほほえんだ。自身も予期せぬ勝ち越し。今もまだ「痛いよ。痛いし、動くのもきつい」という安美錦だが、十両にいた7場所では、たった1度しか負け越さなかった。そして昭和以降、最年長39歳で返り咲いた幕内の土俵で、これまで以上の相撲を披露して見せた。

 初日ながら疲れを問われると、苦笑いが浮かんだ。「(露払いを務める)横綱土俵入りでそんきょしているときに、足にきた。いい練習だと思っていたけど、想像以上だったね」。そして、こう続けた。「せっかくだから、頑張るよ」。幕内の土俵はこの業師の存在によって、今まで以上に盛り上がる。