幕内後半の途中で審判が交代するという珍しい場面があった。

片男波審判委員(元関脇玉春日)が体調不良のため、打ち出しまで3番を残した時点で退場し、大鳴戸審判委員(元大関出島)と交代した。

片男波審判委員は幕内後半戦で赤房下で時計係を務めていたが、照ノ富士-妙義龍戦の前に、白房下の谷川審判委員(元関脇北勝力)と席を交代。この取組後に、大鳴戸審判委員と交代した。

大鳴戸審判委員は8日目に落下した力士の直撃を受け、右目付近を負傷して相撲診療所で治療を受けたが、9日目の取組には予定通り入っていた。

伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)は片男波審判委員について「大丈夫ですけど、診療所で診てもらっているだけです」とだけ説明した。