全盛期の女子プロテニス王者と盛りを過ぎた男子プロ元王者が実際に試合をしたらどちらが勝つのか。45年前、世界的に注目されたのがビリー・ジーン・キングとボビー・リッグスの一戦だった。当時中学生だった私も「キング夫人」の呼び方で記憶している。山本鈴美香さんの当時の人気コミック「エースを狙え!」に登場するお蝶夫人の「夫人」の由来もキング夫人にあったのではないかと思う。

 この歴史的イベントを題材にした米映画「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」(7月6日公開)は、「ラ・ラ・ランド」(16年)のエマ・ストーン(29)が主演。背景として描かれる根強い性差別や偏見は現代に通じるものがあり、興味本位なお祭り騒ぎは今も見かける風景だ。

 ある意味現代的な題材で共同メガホンを取った夫婦監督、ジョナサン・デイトン(60)とヴァレリー・ファリス(59)が来日、話を聞いた。


 -73年当時はおふたりとも10代半ばでした。

 デイトン「ボビーが『タイム』の表紙を飾ったり、大事件でした。ただ、スポーツを見る家族ではなかったので、実際の試合は見ていないのです」

 ファリス「ウチも同じでした。思春期の私はボーイフレンドのことや、あの年代相応のことで頭がいっぱいでした。でも、世間の話題はそれ一色で、いやでも耳に入ってきましたね」

 -賞金額など、多くの面で男女差がある中で、ビリー・ジーンが立ち上がる。映画化の話はどのように持ち上がったのですか。

 ファリス「ビリー・ジーンは試合の後、超有名人になって、LGBTQ(性的少数者)など多くの運動に関わりました。それは今でも続けています。撮影を始めたのがちょうど大統領選が佳境に入る時期で、ヒラリー・クリントンが勝利すれば、まさにタイムリーな企画だと思ったわけです」

 -選挙結果は予想外でしたね。

 デイトン「そう。残念ながら。ビリー・ジーン自身がヒラリーの親友で、披露試写会は勝利に沸くホワイトハウスで、という筋書きだったんです。逆の結果になりましたが、トランプ政権となったことで、さまざまな偏見がクローズアップされました。別の意味でこの映画の存在意義は増したのではないか。そう思うようにしています」

 -2人の対決は当時の社会にどんな影響を与えたのでしょうか。

 ファリス「今から思えば、とてもバカげたイベントですが、リサーチしてみると、男性は一様にボビーの勝利を信じて疑わず、その敗北には大きなショックを受けています。逆に男女同権の運動には追い風になった。そんなパワーを持った試合だったんですね」

 -73年と今では何が変わり、何が変わらないのでしょう。

 ファリス「やはりLGBTQが認知されたのが大きな変化ですが、男女間の性差別は、実はそれほど変わっていないような気がします」

 デイトン「むしろ大統領選挙がまるであのイベントのようにショーアップされるようになって、それぞれの主張や政策が見えにくくなった。後退している部分もあるのかもしれません」

 -テニス未経験だったエマ・ストーンの試合シーンがリアルです。7キロ増量の肉体改造にも臨んだと聞きます。

 ファリス「4カ月の特訓で見違えました。役者として自分を客観視することができる人だから、彼女はトレーニングを面白がっていました。脚の筋肉を見て下さい。『ラ・ラ・ランド』とは全然違うから」

 デイトン「でも、試合はリアルに描きたかった。ビリー・ジーンのレベルに達するのはもちろん無理。だから、エマに体形が似ていてビリー・ジーンのスタイルでテニスができるプロを捜したんです。試合のシーンをフルCGにはしたくはなかったから。プロを使ってリアルな映像を撮り、マッピングという手法で彼女の顔を貼り付けたんです。でも、エマの上達は僕らの想像を超えていて、サーブやラリーのシーンでは実際に彼女にやってもらったところもあるんですよ」

 -エマ・ストーンは実際にビリー・ジーンに会っていますね。

 ファリス「最初はルックスがほとんど似ていないこともあって、この役は難しいんじゃないかと思ったみたいです。でも、話してみると真っすぐな性格があまりにも似ていて、『これは行ける!』と。2人はまるで長年の親友みたいに話していました。が、さりげなく距離をおいて観察するようなエマの姿勢が印象的でしたね。彼女が演じるのは今のビリー・ジーンじゃなくて、29歳の彼女だということに途中で気付いていたんですね。話しながら少しずつビリー・ジーンを見る彼女の目が変わっていくのが分かりました」

 -対戦相手のボビー・リッグスを演じたスティーブ・カレルには憎まれ役に止まらない魅力がありました。

 デイトン「ピエロのように描いてはいけないと思いました。言っていることとは違って、ある意味女性を尊敬しているところもあったからね。正義と悪の単純な戦いにはしたくなかったから。世の中はそんなに単純なものではないですから」

 -夫婦監督は男女双方の視点から描くという意味でこの作品にぴったりですね。

 ファリス「そうですね。むしろフェミニストの夫が女性の視点をたいせつにするような局面もありましたけど」

 デイトン「ヒチコックも夫人の意見を参考にしていたといいます。一緒にやることにはいろんな面でメリットがあります」

 -日本の印象はいかがですか。

 ファリス「2度目になりますが、ほっとします。日本ではこの試合のことを知らない人の方が多くて、内容について聞かれることが多いのですが、米国では話がどうしても政治的なことになって、ぎすぎすした話になります。今の米国には不必要な緊張感があって疲れます。日本はくつろげますね」

 デイトン「大統領自身が怒りを込めた意地悪なツィートを毎日のようにやって、それががどうしても国全体を暗く、ぎすぎすさせるのです。ニュースもどんどん暗くなっている気がします」

 娯楽作品として見られるか、政治的な映画として見られるのか。日本と米国でこれほど見方の違う映画も珍しいのではないだろうか。【相原斎】


 ◆ビリー・ジーン・キング 1943年11月22日、カリフォルニア州生まれ。全英シングルス3連覇を始め、67年には全英、全米連続でシングルス、ダブルス、混合ダブルスの3部門すべてを制した。73年に男女対抗試合でリッグスを倒す。レズビアンをカミングアウト。09年に大統領自由勲章を授与された。

ヴァレリー・ファリス(左)ジョナサン・デイトン両監督
ヴァレリー・ファリス(左)ジョナサン・デイトン両監督
「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」の1場面(C)2017 Twentieth Century Fox
「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」の1場面(C)2017 Twentieth Century Fox