11年前のヒット作「スラムドッグ$ミリオネア」は心はずむダンス・シーンで幕を閉じた。撮影が行われたインド・ムンバイの駅はその数カ月後、イスラム武装勢力の襲撃を受け、100人以上の犠牲者を出す修羅場となる。

18歳で「スラム-」に主演したデヴ・パテルの新作「ホテル・ムンバイ」(27日公開)は、同じ街を舞台にこのテロ事件を題材にしている。29歳になったパテルにとってはくしくも因縁の作品となったわけだ。「これまで出演したどの作品より、自分の意見を言いました」と特別な思いを明かしている。

08年11月26日に起きた「ムンバイ同時多発テロ」では170人以上が死亡、239人が負傷した。大惨事の中で、襲撃目標の1つだったタージマハル・ホテルでは500人以上の人質のほとんどが生還を果たしている。映画は宿泊客を救おうとした五つ星ホテルの従業員たちの命がけの奮闘にスポットを当てている。

パテル演じるアルジェンには、臨月の妻と幼い娘がいて決して生活は楽ではないが、給仕係の仕事に誇りを持っている。世界の賓客が訪れるホテルでは「お客様ファースト」の意識が徹底している。

そんなホテルに武装集団が侵入する。平穏だったロビーが一斉掃射され、大混乱となる中、ホテルマンたちはパニックぎりぎりで踏みとどまり、退避手順に従って宿泊客を安全地帯に導いていく。対テロ特殊部隊は130キロ離れたニューデリーにしかいない。武器を持たないホテルマンたちの息詰まる抵抗が始まる。

これが長編デビュー作となったアンソニー・マラス監督は1年がかりで生存者、家族、ホテルや警察の関係者に取材したという。エピソード1つ1つが生々しく。アルジェンの奮闘も決してかっこよくはないが、人間味があって胸を打つ。事件を身近に感じているパテルの思いが反映されている。

インドのベテラン俳優アヌバム・カーが演じる勇気ある料理長の名前はオべロイ。インドの代表的なホテルチェーンと同じ名前だ。5年前にインドを旅行したときに泊まったそのホテルの行き届いたホスピタリティーをくしくも思い出す。宿泊客にとっては旅先での予期せぬ大惨事なわけで、頭をかすめる銃弾のリアルな描写には思わず身をすくめてしまう。マラス監督はドキュメンタリー的な演出で「身近な恐怖」を実感させる。

アーミー・ハマーとナザニン・ボアニディの富豪夫妻、ジェイソン・アイザックス演じる欲望むき出しのロシア人…。入念なリサーチで再現された登場人物の一筋縄ではいかない心理描写には深みがある。テロリスト側の事情も掘り下げられていて、薄っぺらなヒーローものとは明らかに一線を画している。

極限のヒューマンドラマは見応え十分だ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)