アルフレド・ヒチコック監督(1899~1980年)は、英国時代に25本、渡米してから32本の作品を残している。

外れのないヒチコックのサスペンス作品にはまり、廉価版のDVDを買い集めた時期があった。巣ごもり長期化の中でこのコレクションを点検していたら未開封のものが2枚あったのでさっそく鑑賞することにした。

1本は「恐喝(ゆすり)」(29年)。デビュー4年目でちょうど10作目、資料によれば彼にとって初のトーキー作品である。

刑事フランクの恋人アリスは、不運の連鎖の中で心ならずも人をあやめてしまう。ただ1人の目撃者が2人の前に現れ、ゆすりを掛けてくる。実は男は別件で追われる身で、殺人現場近くの目撃証言から警察はこの男を容疑者と断定し、当面アリスに嫌疑が掛かることはなさそうだ。フランクは恋人への思いと職業倫理に揺れ、アリスは罪の意識にさいなまれるが…。

2人と男がアリスの実家の雑貨店で対峙(たいじ)するシーンが一番の見どころだ。限定空間の緊張感。粗いモノクロ画面はかえって陰影を強調し、心理描写は分かりやすい。日常会話の中にゆすりの断片が織り込まれ、ぐいぐい引き込まれる。

この作品は当時ロンドンでヒットしていた舞台劇の映画化で、最初はサイレント映画として撮影が始まった。米国ではトーキー映画の人気が高まっており、ヒチコックはこの作品が「音入り」になることを想定して撮影を進めていたという。製作側からトーキー化の指示が出たのは撮了間際だったが、これにしっかりと応えられたのもこの先読みがあったからだそうだ。

ただ1つの問題はアリス役のアニー・オンドラがポーランド出身だったこと。アリスは生粋の英国人という設定で、その訛りに観客が興ざめということになりかねない。ヒチコックは急きょ英国女優のジョーン・バリーに吹き替えさせることで乗り切ったという。

もう1本はハリウッド生活が10年目に差し掛かった頃に撮った「舞台恐怖症」(50年)。こちらはマレーネ・デートリッヒ(1901~92年)の悪女ぶりが見どころだ。当時49歳。その歌声も楽しめる。大女優を迎えたヒチコックは英国で撮影を行っている。こちらは殺人事件の証拠となる血の付いたドレスが重要ツールとなって、最後まで先を読ませない展開だ。

「恐喝」の後で見たので、画像も鮮明に感じられ、随所にちりばめられたヒチコックの遊び心も楽しい。2作にまたがる21年の歳月をいちどきに実感できるのも旧作DVD鑑賞の利点である。

どちらにもヒチコック本人がお決まりのカメオ出演をしているので、これを探す楽しみもある。歳月を経ながら、緩慢さはまったく感じさせない。ヒチコック作品には無駄な描写が1つもないのだと、改めて感服する。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

「恐喝(ゆすり)」と「舞台恐怖症」
「恐喝(ゆすり)」と「舞台恐怖症」