「空売り」は株の下落局面で利益を得る手法で、資金に恵まれた機関投資家に有利と言われる。実態以上の株価下落をもたらすこともあり、その企業を信じて律義に株を持ち続ける小口投資家から、一部の大金持ちが金を巻き上げる嫌な図式が頭に浮かぶ。

「ダム・マネー ウォール街を狙え!」(2月2日公開)は実話を元に、そんな空売りを逆手に取り、機関投資家に大損害を与えた小口投資家たちの逆転劇を描いている。

保険会社に勤務するキース(ポール・ダノ)は、妻子とともにつましく暮らしている。終業後のデイ・トレードが趣味の彼は、ゲーム・ソフトの小売業「ゲームストップ」の株が不当に安く売られていることに不信を抱く。

オンラインゲームの隆盛で、小売業は過去の遺物のように見られがちだが、中古ソフトの静かなブームなど、実は業績は堅調だ。裏には機関投資家の空売りが透けて見える。

キースは義憤に似た感情で、蓄えてきた5万3000ドルをゲームストップに全額投資。ネット掲示板で「ローリング・キティ」と名乗り、自身の投資を動画公開する。

時は20年のコロナ禍真っただ中、キティの「呼び掛け」に大勢の小口投資家が乗り、予想もしなかった買い注文の殺到で「ボロ株」は急騰。空売りでひともうけをたくらんでいたプロたちは巨額損失の危機となる。が、ウォール街を支配する富裕層が手をこまねいているわけもなく…。

「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」(18年)など、実録もので手腕を発揮してきたクレイグ・ギレスピー監督は、主人公のセリフの端々にさりげなく豆知識を織り込みながら、分かりやすくマネー・ゲームの世界に誘う。

「リトル・ミス・サンシャイン」(06年)以来、演技巧者のイメージが張り付いているポール・ダノが、オタク気質の生真面目な主人公を生き生きと演じている。

素人の小口連合VSプロのかじ取りに乗る富裕層の激烈な闘いがもたらす株の乱高下は、さまざまなドラマを生み出す。なけなしの資金をゲームストップ株に突っ込むシングルマザーや学生たちの一喜一憂、富裕層側のファンドマネジャーの冷や汗…小回りを効かせたカメラワークはドキュメンタリーのように人間模様を生々しく見せる。

SNS時代の、まさに今を象徴する狂騒は恐ろしくもあり、最後はしっかりと留飲の下がるエンタメ作品に仕上がっている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)