「ジョーカーの描かれ方が衝撃的すぎる」として上映中の劇場でテロや銃撃事件が起こる可能性が危惧(きぐ)され、公開前から米軍までもが動く事態に発展していた「ジョーカー」が無事に公開され、4日からの公開週末3日間で10月公開作品としては史上最高となる9350万ドルの興行収入を記録しました。海外での興行も合わせるとR指定作品としては異例の2億3400万ドルを稼ぎ出し、多くの観客がその衝撃的な内容を見ようと劇場に足を運んだことがうかがえます。タイトルにもなっているジョーカーは多くの人がすでに知っての通りDCコミックに登場する「バットマン」の宿敵として知られるあのジョーカーですが、いかにしてジョーカーが誕生したのかに焦点を当てた本作は完全なオリジナルストーリーで、バットマンは登場しません。それどころかアメコミの要素は皆無で、ホアキン・フェニックス演じるコメディアン志望の孤独ながらも心優しい主人公アーサーが、社会から拒絶され続ける中で心が徐々にむしばまれ、ふとしたきっかけで一気にダークサイドに足を踏み入れてしまう過程をリアルに描いたとても壮絶で重いテーマの作品です。

公開前からさまざまな論争がありながらもこれだけヒットしたのは、「犯罪を誘発する危険性がある」などとメディアで大きな話題になったこともあるでしょうが、1980年代前半という時代設定ながらも現代社会の空気をどこか感じさせるものがあり、格差が広がる社会においてアーサーの境遇に共感を得たという人も少なくなかったことでしょう。そして何より、フェニックスのまさに神がかった演技によるところが大きかったのは間違いありません。アーサーの内面が徐々に崩壊していく様を真正面からあれほどリアルに演じられる俳優はそう多くはないでしょう。フェニックスは役作りのために24キロの減量をしたといいますが、孤独で心優しい男が狂気のカリスマへと変貌する姿から目が離せず釘付けになった人も多かったのではないでしょうか。

すでに作品を見た多くの人がフェニックスの演技に衝撃を受けたとSNSに書き込んでいますが、ジョーカーはこれまでもそうそうたる名優たちが演じてきた世界で最も有名な悪役です。同じ役であっても演じる役者や設定によってそれぞれまったく違うジョーカー像が作られていますが、本作のフェニックスの怪演とどこか重なって見える歴代の個性派俳優たちが演じたジョーカーを振り返ってみました。

●ヒース・レジャー 「ダークナイト」(08年)

今作が公開される以前は、歴代最高のジョーカーといえばヒース・レジャーと答える人が多かったほど10年たった今でも強烈な印象を残しているのが、「ダークナイト」のジョーカーです。サイコパスのジョーカー像を作りあげるために専門書を読みあさり、1カ月半にわたってホテルの部屋に一人で閉じこもって役作りに専念したともいわれるレジャーは、その過程で自らの精神にも異常をきたして不眠症となり、作品の公開を待つことなく抗不安剤や睡眠薬など複数の処方薬の過剰摂取による不慮の事故で28歳の若さでこの世を去ってしまいました。その後、作品は大ヒットし、狂気に満ちたジョーカーを怪演したレジャーは翌年のアカデミー賞で助演男優賞を受賞しました。

●ジャック・ニコルソン 「バットマン」(89年) 

「カッコーの巣の上で」(75年)や「愛と追憶の日々」(83年)でアカデミー賞を受賞している名優ジャック・ニコルソンが、アメコミ作品に出演すると話題になったのがティム・バートン監督がメガホンを取った「バットマン」です。ニコルソンは、1966年に放送されたドラマシリーズ「怪鳥人間バットマン」でシーザー・ロメロが演じたジョーカーのコミカルさとダークな内面をバランスよく融合させたオスカー俳優らしい怪演で独自のジョーカー像を作りあげています。コミカルな動きとは裏腹に狂気に満ちた邪悪さが不気味さを増し、ジョーカーを一躍有名にした立役者でもあります。

●ジャレッド・レト 「スーサイド・スクワッド」(16年)

「スーサイド・スクワッド」で一風変わったジョーカー像を演じたのは、ジャレッド・レト。DCコミックの凶悪犯たちがタッグを組む本作でレトが作りあげたジョーカー像は、全身タトゥーのスタイリッシュで猟奇的なジョーカーでした。「ダラス・バイヤーズクラブ」(13年)でアカデミー賞助演男優賞を受賞しているレトも役のために体重を大幅に増やしたり減らしたりするなど壮絶な役作りで知られているだけに、自ら精神病患者や犯罪者と面会するなど徹底したリサーチで独自のジョーカー像を作りあげていったといわれています。出番が少なかったことを残念がる声もあったほど、どこかセクシーで魅力的なジョーカーでした。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)