「放浪記」で映像の森光子さんと共演する上白石萌音
「放浪記」で映像の森光子さんと共演する上白石萌音

森光子さんが12年に92歳で亡くなってから8年がたった。生きていたなら、今年は生誕100年ということで、森さんの半生を振り返る新書が出版され、NHKBSプレミアムでは今月28日に特別番組、30日には上演回数2017回のライフワーク舞台「放浪記」2000回公演が完全放送される。

特別番組「森光子生誕100年~放浪記 永遠のメッセージ」では、林芙美子を主人公にした「放浪記」の名場面で、森さんの舞台映像と、岡本健一(51)上白石萌音(22)がバーチャル共演する企画が見られる。「放浪記」はそれぞれの場面が独立しても成り立つほど名場面がそろうが、岡本は「尾道」の場面で芙美子の初恋の男香取恭助、上白石は「女給部屋」「渋谷の木賃宿」の場面で芙美子の妹分の悠起を演じた。

先日、岡本を取材したけれど、20代から親交のあった岡本は「放浪記」は何十回も見たという。「深川しぐれ」など2作品に舞台共演したが、「放浪記」での共演はなかった。「毎回見る度に心をうたれる場面がいっぱいあった。中でも、芙美子が初恋の人に再会する『尾道』の場面に感動していた。次に共演するなら『放浪記』に出たい、恭助をやりたいと思っていた」。年に何回か森さんの墓参りをしているという岡本は、収録後に「共演」を墓前に報告したという。

21歳の時に工場跡地を改造した小劇場で村井国夫と2人だけ出演した舞台「蜘蛛女のキス」を、森さんが観劇に来てくれたという。「内容的にヘビーな作品だったけれど、楽屋で森さんが涙を流しながら、抱きしめてくれた。『良かったんだ、おれ』って思ったし、抱きしめてもらって、心も浄化されました」。

97年に「深川しぐれ」で舞台初共演した時も、「森さんみたいな大御所に一歩でも近づきたいと思って、けいこに挑んだけれど、森さんの台本には誰よりも付箋がいっぱいあって、勉強しているのが分かった。桁違いだった。僕ら以上に努力している姿を目の当たりにした」。

18年度に読売演劇大賞の最優秀男優賞、19年度には菊田一夫演劇賞と、演技派として成長した岡本が、今も心に残るのが、「放浪記」のカーテンコールで森さんが見せた「三方礼」だった。舞台中央に森さん一人が正座し、客席の隅々にまで視線を送り、観客への感謝の思いを込めて三方礼で深々を頭をさげると、拍手がいつまでも鳴りやまなかった。岡本は「あのカーテンコールで、森さんは生き神様みたいだった。劇場に来て、見るから感じることのできる素晴らしいものだった。カーテンコールを味わえたのは、僕の宝物です」。岡本の心の中には、今も「舞台女優 森光子」が生きている。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)