元劇団四季の女優久野綾希子さんが亡くなった。71歳だった。

久野さんは1970年代、80年代の劇団四季の看板女優だった。四季のミュージカルを初めて見たのが79年1月「ジーザス・クライスト=スーパースター」。鹿賀丈史がジーザス、市村正親がヘロデ王、久野さんはマグダラのマリアだった。その後に見た四季ミュージカルでも、久野さんは圧倒的な歌唱力でいつも輝いていた。「ウエストサイド物語」で鹿賀のトニーにマリアを演じた。「コーラスライン」では「愛した日々に悔いはない」を歌うディアナ、「エビータ」ではタイトルロールのエビータを演じ、タイアップした化粧品のCMでは「劇団四季 久野綾希子 30歳」と年齢を前面に出したコピーで、女性の時代の象徴でもあった。83年「キャッツ」では老いた娼婦猫グリザベラを演じて「メモリー」を歌った。グリザベラとして850ステージも「キャッツ」に出演した後、86年に大学在学中から14年在籍した四季を去った。

退団後も、数多くの舞台、ドラマに出演したが、四季時代のように主演することはなかった。2007年に劇団四季代表の浅利慶太さんの招きで「マンマ・ミーア!」でドナ役を主演した。久しぶりの古巣舞台で躍動する久野さんの姿に、やっぱり、四季の舞台が似合うと思った。

17年「ビリー・エリオット~リトルダンサー」ではダンサーを目指す主人公の孫を後押しする祖母役だった。そこには年齢を重ねた者が持つ人間的な温かみ、膨らみがあった。久野さんは49歳の時に、2歳年上のパイロットと結婚している。数年前に乳がんと分かり、闘病しながら舞台に立っていた。最後に見たのは20年の帝劇「ローマの休日」で、アン王女に仕える伯爵夫人役だった。厳格さの中に、王女を気遣う優しさが出色だった。祖母役といい、伯爵夫人役といい、60代、70代となった久野さんだからこそ出せる味があった。

久野さんには天然なところがあった。演劇記者になったばかりの時、劇団広報を通じてインタビューすることになった。しかし、当日、約束した時間に現れない。広報の担当者が自宅に電話しても不在で、携帯電話はない時代とあって、連絡がつかなかった。取材は持ち越しとなったが、久野さんは取材日を勘違いし、美容院に行っていたという。四季内では「久野さんに振られた記者」として顔、名前を覚えられた。取材記者としては、けがの功名だった。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)