亡くなった市川猿翁さんには、その生涯を支えた女性がいた。妻の女優で日本舞踊家だった藤間紫さん。2009年に85歳で亡くなった。

最初の出会いは猿翁さんが12歳の時。16歳年上の紫さんは28歳で、すでに舞踊家藤間勘十郎さんの妻だったが、12歳の少年は淡い恋心を抱き、初恋だった。1965年に舞台共演をきっかけに浜木綿子と結婚し、その年の12月に長男の香川照之が誕生した。しかし、67年に名古屋・御園座で紫さんと共演し、そこで初恋の人との仲が急速に進展した。その後も紫さんとの共演舞台が続く中で、極秘に交際を深めた。女性週刊誌は浜との離婚の危機を報じ、68年に離婚が成立した。

紫さんは勘十郎さんとの夫婦関係は続けながら、実質的なパートナーとして猿翁さんを物心両面で支えた。さまざまな挑戦が成功し、歌舞伎界の革命児とも言われた猿翁さんだが、実はメンタルでは繊細な人だった。困難に直面し、心が折れそうになった猿翁さんを励まし、もり立てたのが姉御肌の紫さんだった。「澤瀉屋(おもだかや)」には国立劇場の歌舞伎俳優研修所出身の若手が何人も入ってきたが、母親のような気づかいで彼らの面倒も見ていた。90年に勘十郎さんが亡くなり、00年に晴れて猿翁さんと紫さんは婚姻届を提出し、法律的にも「夫婦」となった。最初の出会いから50年が経過していた。

03年に猿翁さんが脳梗塞で倒れると、献身的に看病した。関係が途絶えていた猿翁さんと香川の仲を修復させたのも紫さんだった。紫さんが亡くなった時、猿翁さんは「いつまでも少女のような紫さんは、私にとりまして一番大切な人でした。私の歌舞伎俳優としての今日がありますのは、紫さんのおかげです」と感謝した。紫さんは紫派藤間流を創設し、家元となったが、その死後に猿翁さんは2代目家元となり、藤間紫の名跡を継承した。生涯を支えてくれた妻の名を残そうという猿翁さんの深い愛情だった。【林尚之】

54年、若き日の藤間紫さん
54年、若き日の藤間紫さん