「将棋ユーチューバー」として活躍しながら棋士編入試験に合格し、プロ棋士になった折田翔吾四段にプロ棋士養成機関「奨励会」を年齢制限で退会が決まったときの心情を聞いたことがある。「死んだという感覚に近かった」。全国の天才が集う奨励会では多くの者が夢を絶たれ、挫折を経験する。

本作は15年4月に行われた人工知能(AI)を使った将棋ソフトとプロ棋士の団体戦「将棋電王戦FINAL」から着想を得た人間ドラマ。20歳で奨励会を退会した主人公・英一を吉沢亮が演じる。せりふは少ないが、内面の葛藤を丁寧に追う繊細な演技は秀逸だ。同い年の天才・陸(若葉竜也)との対局に敗れ、プロの道を諦めるシーンには息をのんだ。うつろな目が「死んだ状態」を表現していた。

後半は、大学で常識にとらわれない手を指す将棋ソフトに魅了され、開発に没頭していく。「AWAKE」(覚醒)と名付けたソフトはどんどん強くなり、プロ棋士となった陸と対局することになる。1つのことに夢中になった時間はムダではない。ラストシーンの将棋を楽しむ姿に胸が熱くなった。【松浦隆司】

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