フリーアナウンサーの久米宏(くめ・ひろし)さんが1月1日、肺がんのため死去した。81歳だった。

元TBSアナウンサーで、同局の「料理天国」「ぴったしカン・カン」「ザ・ベストテン」など人気番組の司会を務めた。

テレビ朝日系「ニュースステーション」では、報道番組の常識を次々と覆して、テレビニュースの新時代を築いた。

「ザ・ベストテン」の司会でコンビを組んだ黒柳徹子(92)は、訃報に接し「本当の親友だった」とインスタグラムにつづった。

「ザ・ベストテン」は2人の名司会ぶりもあり、いまでも伝説的な音楽番組として語られている。

1978年(昭53)1月19日から、89年(平元)9月28日まで約12年間、毎週木曜日午後9時から生放送された。

レコード売上枚数、ラジオや有線放送のリクエスト、番組へのはがきリクエストなどのデータに基づくランキング番組だった。最高視聴率は、81年9月17日に41・9%を記録した。

ベスト10は、空港の出発・到着案内表示器を参考にしたボードで発表された。パタパタとボードを回転させる表示器で、臨場感を高めた。発表と同時に、ドアから歌手が登場した。

久米さんが司会を務めたのは、初回から85年4月25日までの約7年3カ月だった。

その期間の年間1位は、▼78年 「銃爪(ひきがね)」(世良公則とツイスト)▼79年 「おもいで酒」(小林幸子)▼80年 「倖せさがして」(五木ひろし)▼81年 「ルビーの指輪」(寺尾聡)▼82年 「北酒場」(細川たかし)▼83年 「矢切の渡し」(細川たかし)▼84年 「長良川艶歌」(五木ひろし)

81年から84年まで、年間1位曲は、日本レコード大賞を獲得している。

約12年間の放送で、もっとも1位獲得曲数が多かったのは中森明菜。「禁区」「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE-情熱-」「TANGO NOIR」「難破船」など、17曲が1位となった。松田聖子、近藤真彦、チェッカーズ、田原俊彦らが続いた。

最多1位獲得回数は「ルビーの指輪」で、12週連続12回だった。2位は「銃爪」で10週連続10回。

ランキングの得点ボードは4桁表記なので、満点は「9999点」。唯一の満点は「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」(西城秀樹さん)で、2週連続で2回記録した。ちなみに次点は「UFO」(ピンクレディー)「星屑のステージ」(チェッカーズ)の9966点。

歌謡曲系、ポップス系ばかりが目立つが、実は演歌も強かった時代だった。

1曲でもっとも長くベスト10入りしたのは、1位が「みちのくひとり旅」(山本譲二)の24週。2位には「ルビーの指輪」と並んで、「倖せさがして」が19週で続いた。

「ザ・ベストテン」が放送された12年間の獲得得点ベスト10は、1位が「長良川艶歌」で23万4167点を獲得した。

以下は<2>「みちのくひとり旅」<3>「ルビーの指輪」<4>「おもいで酒」<5>「おまえとふたり」(五木ひろし)<6>「命くれない」(瀬川瑛子)<7>「奥飛騨慕情」(竜鉄也)<8>「とんぼ」(長渕剛)<9>「愛が止まらない」(Wink)<10>「いとしのエリー」(ザザンオールスターズ)。

久米さんと黒柳が支えた「ザ・ベストテン」が伝説的な音楽番組になったのは、アイドルも演歌も歌謡曲もポップスもニューミュージックもロックも、同じ大河の流れの中でみんな元気だった、歌謡界大全盛時代のたまものだった。

こんな音楽番組は、2度とできない。【笹森文彦】