1974年(昭49)のフランス映画「パリの中国人」でデビューして、今年で俳優人生50年。78歳になった長塚京三はスタイリッシュで、格好良い。公開中の映画「お終活 再春! 人生ラプソディ」(香月秀之監督)で演じたフランス帰りの画家は、俳優になって帰国し“理想の上司”などと一世を風靡(ふうび)したキャリアを地で行くような役だ。スタイルさえ全く変わらないという、伸びやかな生き方に迫った。【村上幸将】

★背筋が伸びた立ち姿

長塚が演じた五島英樹は、活躍していたフランスから帰国し、シニア向け分譲マンション「聚楽」に入居する画家だ。フランスから帰国すると、現地で俳優になったことが話題を呼び、それがTBS系ドラマ「樹氷」の出演につながる。俳優を続けてきた長塚の人生を投影したような役だ。

「(脚本も手がけた香月監督とは)『今度、ご一緒しましょう』と言っていた。この企画になった時に僕はどういう存在のしかたをすればいいの? というのはありますから。きっと(自分に)合わせて書いてくれたんじゃないですか?」

五島は海辺にキャンバスを置き「パリでは売れる絵を描くことにしたら、うまくいった。年を取ると、若い頃のように好きな絵を描きたくなった」と語る。背筋が伸びた立ち姿は「パリの中国人」の頃と変わりなく見える。どう作り上げ、維持しているのだろうか。

「スポーツクラブにも行きませんし、何もしていないけどね。ただ(自宅に)3階まで階段があるのは、だてじゃない。上がって下りるのは、なかなか大変ですから。何回か、繰り返せば結構、基本的な運動にはなる。ある程度、負荷をかけないといけないからね」

★早大演劇科中退渡仏

半世紀を迎えた俳優人生のきっかけは、早大文学部演劇科を中退しパリ大(ソルボンヌ)に留学したことだった。

「(大学紛争によるロックアウトで)学校が閉まっちゃった。でも学校側も手だてをして、どこかの教室だけ開けて(授業を)やったとか。同じ科でちゃんとした連中は卒業したし、大手企業に就職したヤツもいるから。こじつけですよ。行き当たりばったり、風に流されるまま、みたいな。そこ(留学したこと)には、脈絡がなかなかない。僕の場合は出会いというか、そういうのが多かったね」

1964年(昭39)4月に海外渡航が自由化されたとはいえ、当時は日本人が海外に気軽に行ける時代ではなかった。その中、フランス語を独学で学んだ。

「学校(早大)でも授業はありましたけど独学ですね。それほど深刻に頑張ることはなくて。読み分けられる、聞き分けられる部分も、日々の努力でカバーできないことはない。グズグズ言っていられないから、とにかく話す、読む、書く…とやっていると、何とかなってくるんです」

★監督に普段着のまま

流れの中で、72年のカンヌ映画祭で男優賞を受賞したジャン・ヤンヌが主演、監督したフランス・イタリア合作映画「パリの中国人」に出演し、俳優になるのだから人生は分からない。

「誰か良い人、いないかな? と話していたのが、巡り巡って僕の先生のところに話が届いて『トライしてみたら?』と言われて。普段着のまま監督に会って、そこで決まっちゃったから選考基準はよく分かんないんだけど。(フランス人の)友達の弟が田舎から出てきて、預かったその日が、たまたま監督に会いに行く日で。しょうがないから連れて行ったら、どこに行きたいとか、のどが渇いたとか子どもが大騒ぎする。オーディションらしいオーディションじゃないんだけど、そういう面倒なのがオーディションになっちゃって『君でいくか』と」

通訳するレベルまで磨き上げたフランス語を駆使し、演じたのは中国人の将軍だったが軍服姿で踊ったり、ベッドに寝ている女性に飛びかかったり…というコメディー映画だった。

「話によっては断ってもいいんじゃないかなと思ったら『ナイス。リーディングロールで、重要な役なんだよ。やってちょうだい』って。そう言われたら、やるわな…でも、喜劇なんですよ。変な謎の東洋人みたいな役、あるじゃない。フランスで、ありがちな…嫌だなぁと思って(笑い)」

★巡り合わせラッキー

帰国するとフランスでの俳優デビューが大きな話題になっており、同年のTBS系ドラマ「樹氷」でテレビドラマ初出演&日本デビュー。その後は、とんとん拍子に仕事が舞い込んだ。

「ラッキーな巡り合わせがあったね。『樹氷』はスキーの選手役だった。もっとハードボイルドな役、やりたいんだけどなぁと思いながら…40歳を過ぎるまで、そういう役はなかったですよ」

94年にサントリー「ウイスキーオールド」CMに起用されたことを期に「理想の上司」のキャラクターを確立し、OLの憧れの的となった。97年には、フレーズそのままのTBS系ドラマ「理想の上司」にも主演。理想の上司をテーマにした著書の執筆や、講演の依頼も相次いだが「僕は上司になったことも、部下を持ったこともないから、できません」と断ってきた。そんな長塚にとって俳優とは何なのだろうか?

「自分で言っちゃうと、あれだけど多分、天職なんですよ。面倒くさいなぁと思いながら結局、戻ってきてしまうというか、戻らされてしまう。天職と思うしかない巡り合わせ、天の差配というか…これは、ちょっと、どうにも分からないものがあって。僕の思うように、いかないんですよ」

★軽井沢と二拠点生活

タイトルにある終活を考えても、おかしくない年齢になったが、東京と長野県軽井沢との二拠点生活を変わらず楽しんでいる。

「ポリシーを決めて、住み分けるということはない。天気になったから、ちょっと行こうか、とか…常にあるものじゃないですか? どう差配しようかとか、あまり思わないですね」

一方で、年金の支給開始年齢の引き上げなど、年金制度の危機が叫ばれる中、今回の映画に出演したことには、意義を感じている。

「この映画ができるということは、やっぱり、どういう終活をするか考えなければいけない時代になったということだよね。ある種、ハッピーエンドが当たり前、という考え方なんだろうな。そういう意味で言えば、終活みたいなものの捉え方というのも、かなり変動的ではあると思うのね」

やりたい仕事最優先で、名声やギャラは度外視。今、やりたい仕事は何か?

「う~ん…僕は、自分で映画なり、お芝居の脚本を書きたいね。書き方を、これから勉強しなくちゃ」

俳優の長男の圭史(49)は劇団「阿佐ヶ谷スパイダース」を主宰する劇作家・演出家だ。習わないのか? と問うと、こう答えた。

「(圭史は)頑張っているね。いや…どういうのを書きたいとか、ないからさ。とりあえず、言っておくの。曲を書きたいとかメロディー作りたいとか、そういうの(具体的なもの)がないのよ」

本能のままに生きる、究極の自由人…だから長塚京三は今も、長塚京三のままなのだろう。

▼共演の松下由樹(55)

「ナースのお仕事」(フジテレビ系)以降も、主演の連続ドラマ(11年のBS朝日『家族法廷』)にも1度、出させていただきました(11年ぶりに共演)。ジェントルマンで何と言っても格好良い。物腰…漂うものも知的で優しい。変わらないですね。今回も、ご自身の人生観が醸し出すものとして出られていると思います。「ナースのお仕事」当時、看護師がコメディーとして受け入れられなかったけれど、長塚さんのコミカルさや医師と看護師の夫婦の関係性などで作ってこられた。違う作品で出会うのは、うれしくも、照れくさくもあり、まだまだ緊張します。

◆長塚京三(ながつか・きょうぞう)

1945年(昭20)7月6日、東京都生まれ。68年に渡仏し、卒業したパリ大などで6年間、演劇を学ぶ。09年10月20日に圭史が常盤貴子と結婚を発表した2日後の同22日に、個人事務所の女性マネジャーとの再婚を発表。日本アカデミー賞優秀主演男優賞受賞の97年の映画「瀬戸内ムーンライトセレナーデ」など出演作多数。今年は4月にNHKBSで放送の「特集ドラマ 広重ぶるう」に出演。182センチ。血液型O。

◆「お終活 再春! 人生ラプソディ」

大原千賀子(高畑淳子)一家は娘の亜矢(剛力彩芽)が葬儀社社員・菅野涼太(水野勝)との結婚が迫る中、夫真一(橋爪功)に認知症疑惑が…。ある日、亜矢が管理栄養士として働くシニア向けマンションに画家の五島英樹(長塚京三)が入居する。