主演市川猿之助(41)が左腕骨折で休養する事態となったスーパー歌舞伎セカンド「ワンピース」(新橋演舞場)が今月10日、尾上右近(25)の代演で再スタートした。客席から盛大な拍手を送られた右近はカーテンコールで思わず涙。がむしゃらな奮闘は主人公ルフィそのものだった。重圧に応えた右近も、この演目の未来のため、右近主演の若手バージョンを作っていた猿之助もすごい。歌舞伎の底力を実感した。

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 代演初日となった10日の昼公演は偶然にもマスコミ取材日で、客席には演劇評論家のお歴々や各社の演劇担当記者が大勢いた。ちょっと聞いて回っただけでも、右近の評価は実力、人柄ともにピカイチ。「女形としても優秀」で、ルフィと女海賊ハンコックの2役にも不安の声はなかった。

 「おれの仲間に何すんだああああ!」。激走して登場した右近ルフィは見るからに若々しい。表現力のモンスターみたいな猿之助の華々しさとは違うのだけれど、見ていてわくわくせずにいられないまっすぐな躍動感があって、危なっかしさと突破力のバランスがいかにもルフィっぽい。舞台上で早替わりするハンコックも妖艶。あっという間に客席のハートをつかんでいて、歌舞伎の美しさ、スピード感がさく裂するたびに大きな拍手が起こった。

 ワンピース歌舞伎名物、2幕目最後の宙づりも沸きに沸いた。巨大なクジラの風船が泳ぐ客席上空をサーフボードに乗ったルフィが大横断するド派手な演出。ゆずが歌う主題歌「TETOTE」に合わせ、観客総立ちで手拍子を送る“ファーファータイム”が自然発生し、あおる右近も、どよめく客席も楽しそう。猿之助発案で今回から登場したお客さん用のタンバリンが効いていて、一体感を後押ししていた。

 猿之助休演の翌日に右近が代演という離れ業の背景には、猿之助が今回から導入していた若手公演の存在がある。ワンピース歌舞伎を後世に残る“古典”にしようと、公演スケジュールの中に若手抜てきの特別バージョン「麦わらの挑戦」を設け、右近のほか、坂東巳之助、中村隼人、坂東新悟という人気の顔ぶれにチャンスを提供していた。若手公演のルフィを務めていたのが右近で、8日に初日を成功させたばかり。猿之助の事態を受け、急きょ本公演のルフィにスライドした。

 松竹サイドは、代演初日の右近の様子について「いたっていつも通り」とアナウンスしたけれど、そんなはずはない。猿之助を見るつもりでチケットを買った客の前に出るのだ。プロとしてどれだけ不安だったかと思う。カーテンコールでは、盛大な拍手にみるみる涙。両手を握り締めて客席の隅々に感謝を示した。振り向きざまに涙の粒がキラッと飛んだのもドラマチック。終演後、「美しすぎる」「あれは反則」ともちきりだった。

 本公演で右近が演じていたサディちゃんとマルコの2役は、それぞれ坂東新悟、中村隼人が代役に。役柄の玉突きにも1日で対応し、普通に3役こなしていたりする歌舞伎俳優のスキルを実感させられる。カーテンコールは4人横並びで行う若手公演バージョンを採用していた。巳之助も隼人も新悟もみんな涙で喜び合っていて、右近の肩をポンポン。つないだ手を高く掲げ、仲間とともに荒波を乗り越えるワンピースの世界観そのものだった。

 情熱を注ぎ込んだ舞台に出られない猿之助の無念は計り知れないけれど、右近代演を可能にしたカンパニー作りそのものが猿之助無双。不在でますます発揮される存在感と求心力に圧倒されるとともに、応えてみせる若手の力量が頼もしかった。

 公演は新橋演舞場で11月25日まで。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)