「おっさんずラブ」(テレビ朝日)で昨年のドラマ界の話題をさらった俳優田中圭(34)と林遣都(28)が、隣同士の劇場で主演舞台に立っていたので見てきた。田中は天安門事件を題材にした社会派フィクション、林は三島由紀夫作の倒錯悲劇。演じる人の願いや息遣いがダイレクトに伝わる演劇空間で生の俳優力を開放していて、どちらも大変な見ごたえだった。

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世田谷パブリックシアター×パソナグループ「CHIMERICA チャイメリカ」(撮影・細野晋司)
世田谷パブリックシアター×パソナグループ「CHIMERICA チャイメリカ」(撮影・細野晋司)

◆「チャイメリカ」(世田谷パブリックシアター、現在は全国ツアー中)

田中主演の「チャイメリカ」は、英演劇界で数々の賞に輝いた話題作。89年の中国・天安門事件を題材にした分厚い人間ドラマだ。 

天安門事件をニュースで見た世代なので、たった1人で戒厳軍の戦車の前に立ち、無言の抗議をした白シャツの青年の姿は今も目に焼きついている。非武装、無抵抗のこの人を国家権力はひくのだろうかという戦慄と、「ところで彼が両手に提げている紙袋は何?」という俗な疑問のリバーシブル。彼は誰で、なぜあんな行動に出て、あの後どうなって、紙袋の中身は何だったのか。あの時の謎に、フィクションでこれ以上ない答えを出してみせたのがこの作品だ。

田中が演じた主人公は、89年のあの日、天安門広場を見下ろすホテルの窓から“戦車男”の歴史的写真を撮った米国人カメラマン、ジョー。今もこの1枚の栄光に人生を縛られていて、戦車男の素性と消息を調べようと、当時北京で世話になった中国人の旧友、ヂァン(満島真之介)を訪ねて協力をあおぐ。

人捜しミステリーを軸に展開するのは、ジョーの視点から見た事実と、ヂァンの視点から見た事実の二重構造。89年と2012年の北京、ニューヨークを行き来しながら、真実とフェイク、当事者と傍観者、アメリカ人と中国人など、立ち位置で変わる事実の底知れなさが次々と展開する。

劇場を支配するのは、どこにも進めない男の窒息しそうな空気感が描かれるヂァンの方。舗装されたカメラマン人生を歩いてきたジョーは厚み不明で難しい役だと思われるが、ここに挑戦した田中が陽性の推進力で生き生きと物語を引っ張ってくれた。

過去の栄光という横向きな動機と、自分ファーストに起因するちょっとしたルーズさ。力を貸してくれた人たちの人生を粉々にしてしまうが、それでもこの人物を応援せずにいられないのは、彼のジャーナリストとしての真っ当な好奇心に尽きる。答えがあるなら手を伸ばさずにいられない、人間の本能を断固引き受けているこの人を田中がまっすぐに演じていて、憎めない魅力が立ち上がる。

こういう人が、これくらいの馬力でこじ開けなければ、突き刺さるような結末も、見る人の頭をかち割るようなラストシーンもなかった。この人が主人公である意味が、トータルで分かる田中圭の離れ業であり、この主人公を彼で見られて良かったと思う。

世田谷パブリックシアター「熱帯樹」(撮影・細野晋司)
世田谷パブリックシアター「熱帯樹」(撮影・細野晋司)

◆「熱帯樹」(シアタートラム)

一方の林遣都は、世田パブと同じ敷地内にあるシアタートラムで三島由紀夫戯曲の「熱帯樹」に主演中。兄妹相かんとその果ての心中を扱い、昭和から多くの演劇人が舞台化してきた作品だ。

林が演じているのは、父親が支配する屋敷で抑圧された人生を送ってきた長男。財産狙いの母親には「父親殺し」を、そんな母親のたくらみを知った病気の妹には「母親殺し」を押しつけられて揺れ動く「弱いお兄さま」だ。

妹(岡本玲)の病室でのただならぬひとときから、ピュアすぎてアンバランスな少年像にドキッとさせられる。病とゆがんだ家族関係しかない屋敷で、魂を寄せ合ってきた兄妹が家の中に作り出した得体の知れない不穏が、タイトルの「熱帯樹」。若さがつんのめっていく彼らを通して、こちらも消毒液臭い熱帯樹にからめとられていくような感覚に陥る。

三島作品は美少年でないと雰囲気が出ないので、林遣都は当たりだと思う。人に影響されやすく、母、妹、父親すべてに振り回されている主人公のダメっぷりも、ガラスの10代みたいな魅力になる。大きな瞳に、涙がにじんだり、こぼれたり。追いつめられていく心の動線がよく分かり、破滅への一本道へぐいぐい引っ張ってくれる。小劇場なので「お兄さまの広い肩」も実感できるし、美しい指から伝わってくる色気も上等だ。

「お帰りあそばせ」「気分はどうだい」。三島作品のブルジョアな日本語が聞けるのも演劇ならでは。彼の出演舞台を見るのはこれが3作目だが、よく通る声は舞台向きだと感じる。母中嶋朋子、父鶴見辰吾という魔物感がすさまじい実力派の共演者を得て、何もかもぶっちゃけていく終盤は大迫力。不器用な家族愛の悲劇だけれど、私には1周回って喜劇に見えてくるというか、不思議と透き通った後味があった。

「チャイメリカ」も「熱帯樹」も、立ち見席まで満員のプラチナチケットぶり。演劇には演劇の、映像作品には映像作品の良さがあるけれど、自分のパフォーマンスを見に来た客に、役者が生でぶつかる迫力はやはり圧倒的だ。もちろん、「劇場版おっさんずラブ」(今夏公開)も見ますけど。

◆「チャイメリカ」東京公演は終了。27日の愛知公演から3月10日の福岡公演まで4カ所でツアー公演。「熱帯樹」は3月8日まで、東京・三軒茶屋のシアタートラムで。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)