歌手加藤登紀子(73)が2日、大阪市内で、毎年末恒例の「ほろ酔いコンサート2017」(12月24日、梅田芸術劇場)取材会を開き、来年9月に引退する安室奈美恵に対し、宣言に縛られず「辞めたくなくなったら続ければいい」とアドバイスを送った。

 「この1年、ものすごく盛り上がるし、本人も『辞めるんだ』って思うと、辞めたくなくなってくると思う。その後も『また、やりたい』って思うかもしれない。続けたくなれば(宣言を撤回し)続ければいいし、やりたくなれば(復帰)すればいい。自由でいい」

 加藤は「そう、メッセージを送っておいて」と告げた。というのも、加藤自身が40年以上前に感じ、関係者から言われた言葉があったからだという。

 加藤は東大在学中にシャンソンのアマチュアコンクールで優勝。66年に「誰も誰も知らない」でデビューし、「赤い風船」で第8回日本レコード大賞新人賞を獲得。71年には「知床旅情」がミリオンセラーを記録するなどしたが、翌72年、学生運動の末に投獄された故藤本敏夫氏と獄中結婚し、出産準備のため休業した過去がある。

 当時を振り返って「私も結婚したとき、(社会的反響から)復帰できないと思っていた。だから、辞める覚悟だった。でも、最後のコンサートで、やっぱり辞めたくない-と思ってきて」と話す。

 そんなとき、ある周囲のスタッフが「歌手なんて社会に影響するものでもない。今、辞めます、とか言う(決める)必要はない。歌手は、社会の争いを歌っているわけじゃない、自分のために生きればいいんだ」と加藤に告げたという。

 「まさにその通り。いちいち辞めます、とか言う必要もないし、やりたくなればやればいい」

 加藤は結果として、産後の73年に音楽界に復帰。3人の娘をもうけて、今なお、活動を続けている。

 「知床旅情」のヒットを機に「おもしろ半分で東京(日劇ミュージックホール)で、お酒入りのコンサートを始めて、結婚しても続けてきた」という今回の「ほろ酔いコンサート」は、東京で45回目。大阪でも40回の節目となった。

 「お客様も年齢的にも私より年上から年下まで広がってきた。中には、ドクター同行でいらっしゃる方もいる。だから、私は、1年分の元気を渡せるようにと思っています」と話す。

 公演は2部構成。2部では今年5月に「美空ひばり」「エディット・ピアフ」をしのんで開催したコンサート「ひばりとピアフ」の“大阪版”を上演する。

 また、11月15日には5枚組CD「超録! 加藤登紀子 ほろ酔いコンサート-20世紀編」(4500円)を発売。東京での初開催から44回までの公演から「私にとって大事な節目の年の公演」を収録したアルバムになる。