「第34回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞」が昨年12月28日に日刊スポーツ紙面とニッカンスポーツ・コムで発表されました。発表当日に掲載しなかった部分も加えて、受賞者インタビューでの言葉をあらためて掲載します。

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吉田恵輔監督(46)が「空白」「BLUE/ブルー」の2作で、初の監督賞に輝いた。「『空白』に関しては、最高傑作を作るぞ、という意識を持っていた。勝負の1本だった。無事に認めていただいて良かった」と喜び、今年は良質な作品がそろったことに「強い映画ばっかりだったので、余計にうれしい」と笑みを見せた。

2作とも吉田監督のオリジナル脚本だ。「空白」は娘の死の真相を探るうち、モンスター化する父を描いた。書くきっかけについて吉田監督は、共同で脚本を書いていた親友が亡くなったことだったとした。「一番の理解者で競争相手で、お笑い芸人で言えば相方みたいでした。その相方が5年くらい前に亡くなったんですが、心の折り合いがついてなかったんです。折り合いをつけようと書きました。ちゃんと向き合おうと思っていました。この作品を作ることで救われるんじゃないかなと思いました」と明かした。救われましたかと聞くと「その相方とはいつも勝負していたので、俺も向こうに行ったら『俺が圧勝だ』と自慢します」と笑った。

脚本はすべて、自分の心を探りながら書く。「一番つらいものを出してこそ本書き。上っ面だけのものを書いても意味がない。相方とよく話していたのは『パンツ脱いで書いてるかどうか。恥部をさらけだしてナンボ』。自分の小さいところも全部さらけ出す。はね返りがつらい時もありますが、本書きとしては幸せ。つらくなれるだけのものと向き合える」ときっぱり語る。

吉田監督がさらけ出すことで、観客も心の奥をのぞかれるような気持ちになる。時に目をそむけたくなるような表現もある。それでも「空白」も「BLUE ブルー」も、ラストはほんのりとした希望を感じる。吉田監督は「映画で最後に見たいのは光や温かさなのかなと思う。バッドエンドのものも見ていておもしろいなと思いますが、作家として向き合う分には、光が見たいと思う」と優しい目をした。ちなみに「空白」のラストは山梨県にある日帰り温泉施設、ほったらかし温泉で考えたそうだ。「かなり入って、のぼせながら考えました」。

今年は監督デビュー15年の節目。監督を目指した原点は幼稚園のころ、ジャッキー・チェンの映画をテレビで見ていたことだという。「すごく楽しみに見ていました。会いたいと思いました。そして、こんな敵と戦ったり、あっちに飛んでほしいと言うのは監督という仕事らしいと知ったんです。監督になったらジャッキーを自由に動かせると思ったのが、夢のスタートでした」と振り返る。

幼稚園の時から夢を追い続け、1度も諦めたことがなかった。その分、苦しい時期もあった。「20代中盤から後半、賞を取ると思っていたのにノミネートさえされなかった。1つしかない夢からすごく遠い自分だった。お前は無理なんだって言われ続けた10年間はすごくつらかった。ほかの夢があればそっちを選んでたんだけど、考えてなかった」と言う。

30歳の時、「なま夏」でゆうばり国際ファンタスティック映画祭のオフシアターコンペでグランプリを受賞し、以来、活躍が続いている。徹底して人間の心理を描いてきた。今興味のある心理は、承認欲求だという。「いいね! がほしいと思う気持ちです。あさましいと思う気持ちと、あさましいと思って高みから見ていることも気持ち悪いなと思って。そんなことを考えていると訳分かんなくなってくるんですけど」。

16年、森田剛主演の「ヒメアノ~ル」が注目された時のことを引き合いに「あの時、今がピークだって言ってたんですけど、ピークがちょっと延びた気がします」と笑う。ピークはまだまだ見えない。これからの作品が期待される監督であることは間違いない。【小林千穂】

◆吉田恵輔(よしだ・けいすけ)1975年(昭50)5月5日、埼玉県生まれ。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を製作。塚本晋也監督の現場で照明など担当。05年「まな夏」でゆうばり国際ファンタスティック映画祭でグランプリ。ほか「純喫茶磯辺」「ヒメアノ~ル」など。

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◆「空白」 漁師の添田(古田新太)は娘花音(伊東蒼)と2人暮らし。花音はスーパーで万引未遂を起こして逃走、店長(松坂桃李)に追いかけられ、事故で死亡した。添田は、娘は本当に万引しようとしたのかを調べるうち、関係者を追い詰めていく。

◆「BLUE/ブルー」 ボクシングに情熱を注ぐが試合で勝てない瓜田(松山ケンイチ)は、挑戦者を意味する青コーナーが定位置。親友の小川(東出昌大)は日本チャンピオンを狙う立場。瓜田は、幼なじみで小川の恋人千佳(木村文乃)へかなわぬ思いを抱いている-。

※吉田監督の吉はつちよしが正式表記