中井貴一(60)が9日、東京・新宿ピカデリーで行われた主演映画「大河への道」(中西健二監督、20日公開)先行プレミア上映会で、人生で鳥肌が立った経験について聞かれ、中国とモンゴルの間にまたがるゴビ砂漠でのロケ中に問題が発生し、帰国しようとしたタイミングで、高倉健さんから電話が来たことだと明かした。

中井は「中国で映画を撮影している時に、諸問題が起きて…俺、あんまりないんですけど、日本に帰るっていう話になって、ホテルで荷造りをしていたんです」と語り出した。その上で「ゴビ砂漠のど真ん中にいて、日本に帰るっていっても3日かかる。車をチャーターして帰らなければいけないんですけど」と説明。作品名こそ明言しなかったが、自身の外国映画での初主演作となった04年の中国映画「ヘブン・アンド・アース 天地英雄」を指していたとみられる。

中井は「洗面所で荷造りをしていたら、ホテルの部屋の電話が鳴ったんです。(ゴビ砂漠は)携帯が入らない。衛星電話なら入るけど、持っていない。どうせスタッフだろうと、出たら『もしもし、貴一ちゃん、どうしてる? 高倉ですけど』と、高倉健さんから電話があったんです」と振り返った。その上で「人間って、面白いもんで1回、窓の外を見るんですね。どこかで見ていらっしゃるとしか、思えないじゃないですか?」と、高倉さんから電話が来た直後の自らの挙動を克明に語りつつ、高倉さんとの会話を明かした。

中井 どうなさったんですか?

高倉さん いや、ちょっと、どうしてるのかなって思って。

中井は「そんなタイミングで電話、来ます? 隣の部屋からしない限り、無理ですよね」と笑った。その上で「(諸問題が発生した)状況を話したりして『こらえろ』って言ってもらうんですけど。『もしもし、高倉です』って言われた時、鳥肌が立ちました」と振り返った。

高倉さんは、中国の文化大革命後、初公開された日本映画で大ヒットした76年の映画「君よ憤怒の河を渉れ」などの作品で、中国国民から「良き友」とに親しまれる中国で最も知られた日本人俳優で、亡くなった翌年の15年6月には上海映画祭でトリビュート上映も行われた。中国と中国の人々に深い愛情と理解があった高倉さんが、中国の撮影で困難に遭遇した中井を電話で励ましたとみられる。

「大河への道」は、立川志の輔の新作落語「大河への道-伊能忠敬物語-」が原作。中井は16年に、志の輔の落語4本を舞台化した舞台「メルシー! おもてなし~志の輔らくごMIX~」に主演した際、友人を通じて「大河への道」の存在を知った。映画化できる作品だとの紹介もあり、その後、対談した際に志の輔に同作を見たいと言うと「近々、やるつもりはないです」と返答されたため、頼んで特別に資料用に撮ったDVDを借りて見て、時代劇を未来に残していく方法として、手法が使えると判断し、志の輔に映画化を持ち掛けた。