タレント井口綾子(25)は8月から大手芸能事務所「アミューズ」に所属し、10月期の新ドラマでドラマデビューを果たすなど、活躍の場を広げている。だが、芸能界入りまでも、その後も、苦悩があったことを明かした。

青学大在学時の17年、「ミス青山コンテスト」に出場し、準ミス青山に輝く。同年、ファッション誌「Ray」の専属読者モデルに就任。そして、18年に芸能事務所に所属した。一気にブレークへの階段を上った印象だが、芸能界に入るまで、多くの努力を重ねた。この世界への憧れは、小学3年生で雑誌「ニコラ」を読んだ時から抱いていた。

「その時、ぽっちゃりしていたので、親が『じゃあダイエットしたらいいよ』って言ってきて、ダイエットして。痩せてオーディションに応募したいって言った時も『いや、そんな世界じゃないから』みたいなことをずっと言われてきました。でも、中学3年生で母と一緒に渋谷に買い物行った時に、駅から『109』までの間で、15社ぐらいにスカウトしてもらって。それで『今まで夢物語だったけど、もしかしたら本当に考えていいのかも』って思ったんです」

その後、芸能活動を本気で考えたが、高校が芸能活動NGだったため、いったん保留に。しかし、どうしても諦めきれず家族会議が開かれた。学校を変えて芸能の道に進むか、どうするか-。そこで親に「ちゃんと勉強していい大学入ってから」と言われ、苦手だと話す勉強に励み、見事青学の門をたたいた。

大学進学後も、諦めなかった。大学に入り「芸能界にチャレンジさせて」と親に頼むも、「そんなにテレビ出たいんだったら、アナウンサーになったら」。そこで考えた。

「テレビに出たいから芸能界を目指してるのかな?と私もそこで思って、アナウンサースクールとかに通ったんですけど…アナウンサーも本当にすてきな仕事だけど、私はやっぱり、もっと自分を出せるような職業になりたいと思ったんです」

考えが固まった。そして17年「ミス青山コンテスト」に出場し、準ミス青山に。これをきっかけに、さまざまな事務所から声をかけられ、芸能界に入った。

やっとの思いで入れた芸能界だったが、描いていたキラキラな世界とは違った。コロナ禍で考える時間が多くなる一方で、感染対策で仕事が減った。「私の個性って何なんだろう」「私って何ができるんだろう」。その時間がつらかった。しかし、持ち前のメンタルの強さで乗り越えた。

「1回その時はネガティブになるんですけど、『いやでも、これって最終的にスターになるための試練だ』みたいな(笑い)。『ここが一番の見せ場だ』、自分の人生を映画と捉えると、『ここ、みんなが見て泣くところじゃん!』とか思いながら頑張ると、何かどうにか持ち直すんですよね(笑い)」

ポジティブ思考すぎてビックリした。そんな井口の座右の銘を聞くと「ネバーギブアップ」。10年以上憧れ続けた芸能界も、諦めることなく道を切り開いた。これからどんな困難があっても、1つずつ壁を乗り越えていきそうだ。【佐藤勝亮】