演歌歌手原田悠里(67)が15日、東京・目黒区のホテル雅叙園東京で2年3カ月ぶりのディナーショーを行った。新型コロナウイルスの感染状況を見ながら、今年4月に開催予定が7月に延期。それが再延期となり、この日の開催となった。

開催前、原田は取材に応じた。

-2年3カ月ぶりのディナーショーです

やっぱりものすごくうれしいです。コロナの影響でできなかったものが、少しずつ、いろんなものができるようになって。なんかもう、涙が出ちゃいそうになっちゃう。今日は、明るく楽しく、精いっぱい、皆さんと貴重な良い時間を過ごしたいなって思います。頑張ります。びっくりするぐらい頑張ります。

-いきなりピアノの演奏から始まります

そうなの。私は本当はピアノが苦手なんです。でも、コロナ禍だったし何かをやらなきゃっていうんで、ピアノを本格的に始めたりして。前は「ノクターン」をやったことがあるんですよ。もう、指震えながら。でもね、辻井伸行さんの弾く「月光」を聞いた時に、もう涙してね。ベートーベンは、この「月光」を作った頃は30歳ぐらいらしいんですけど、貴族の娘のエリーゼが鼻も引っ掛けてくれないわけ。それで、失恋した。そのエリーゼを思う、かなわぬ思いを込めたらしいの。そんなことを聞いたらちょっと頑張るかな、みたいに思っちゃった。

-バラエティーに富んだ内容です

来ていただいた皆さんに『来てよかった』って言っていただけるように。真剣にお祭り気分でね。

-今年は40周年の節目です

美空ひばりさんの「川の流れのように」を入れたんです。子どもの時、歌手になりたいなんてとんでもないことを思ったのは、ひばりさんの歌を聞いたから。歌詞の意味も分からないのに歌い始めた頃に、「歌手になりたい」っていうひそかな夢が芽生えたと思うんですね。それが、普通はかなわないはずなんだけど、(熊本県の)天草で生まれ育った女の子の夢がかなったわけですよね。北島(三郎)先生の元で40年歌わせていただいて。本当に感慨深いものがあります。

-今後の活動についてはいかがですか

40年というのは、40年を目指したわけじゃなく、これからの1歩だと思うんです。コロナ禍の中で、それまでできなかったことが頑張ればできるようになるということを自覚しました。年齢を重ねることは衰えるだけでなく、頑張れば、今までできなかったこともできるようになる。そういうことを実感させてくれたコロナ禍の2年間でした。そして、皆さんに、少しでも、新しく、進化した『原田悠里』を見ていただくぞという意気込みで、新たな1歩を迎えたいなと思ってます。

-最後にファンに一言メッセージを

ともに頑張っていきましょう。私も頑張ります。