台湾の世界的な名監督として知られる、エドワード・ヤン監督の94年の台湾映画「エドワード・ヤンの恋愛時代 4Kレストア版」が、8月18日から東京・TOHOシネマズ シャンテや新宿武蔵野館ほかで公開となる。配給のビターズ・エンドは2日、完成した予告編と本ポスタービジュアルを公開した。
「エドワード・ヤンの恋愛時代」は、権利関係の複雑さにより長らく上映不可能だったが、台湾映画・メディア文化センターによる修復作業を経て、22年に世界3大映画祭の1つ、ベネチア国際映画祭に4Kレストア版が出品された。同年10月には東京国際映画祭でも上映され、同じビターズ・エンド配給の「ドライブ・マイ・カー」が同年の米アカデミー賞で国際長編映画賞に輝いた、濱口竜介監督(44)がトークショーに登壇した。同監督は予告編と本ポスタービジュアル公開にあたり、コメントを発表した。
「必然的に人間性を失わせるこの社会で、人はいったいどう生きていくのか。『恋愛時代』は希望を描き出す。深い絶望の後にしか訪れない希望を。エドワード・ヤンは『どうしたら私たちはこの社会で、他者とともに生きていけるのか』という問いを決して投げ出さなかった。彼の映画にいつまでも敬意と愛を抱かずにおれないのは、そのためだ」
エドワード・ヤン監督は、世界の映画史に残る傑作の1本として知られる91年の「■嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」が代表作。同作は、61年に台湾で起き、同監督が衝撃を受けた中学生男子による同級生女子殺傷事件をモチーフに描いた青春映画で、東京国際映画祭では16年に236分の完成版のKレストア・デジタルリマスター版が上映。07年の死から10年の節目を迎えた翌17年3月に、日本で25年ぶりに上映された。結果的に遺作となった00年の映画「ヤンヤン 夏の想い出」はカンヌ映画祭で監督賞を受賞し、米芸能メディア「ハリウッド・リポーター」は21世紀の映画ベストワンに選出。濱口監督をはじめ現在、世界の第一線で活躍する映画作家たちが、口々にその影響力の大きさを語るなど、没後15年以上たっても存在感は増し続けている。
「エドワード・ヤンの恋愛時代」は「■嶺街少年殺人事件」の次の作品となる。舞台は、急速な西洋化と経済発展を遂げた90年代前半の台北。財閥の娘で会社を経営しているモーリーと親友のチチを主軸としつつ、同級生、恋人、同僚など10人の男女の人間関係を2日半という凝縮された時間の中で描いた。都市で生きることで目的を見失っていた、心に空虚感を抱える若者たちが、自らの求めるものを見つけ出していく様を見事に浮かび上がらせている。
濱口監督は、22年10月に東京国際映画祭で行われた上映の際、トークショーの前に観客と一緒に客席で映画を鑑賞してから登壇した。同映画祭の市山尚三プログラミング・ディレクターから「権利関係が、ややこしくて、台湾でも上映されていませんでした。ところが今年、ベネチア映画祭でレストア版が上映さえ得ることが分かり、ヤンの奥さまに、ぜひ上映したいと言い、実現しました」と上映の経緯を聞くと、うなずいた。そして映画を見た印象を語った。
濱口監督 (初見は)恐らく00年代初めに、公開の頃は見逃しました。その時の印象は、こういうような映画を撮るのか…これまでとは異質なエドワード・ヤンを見ました。(トークショーに向けて)全て長編を見直してきたけれど、1作、1作、大胆に自分を更新しているんだなと実感しました。特に「■嶺街少年殺人事件」は、映画史上に残る大傑作の1本。作品を作るのは本当に大変だったんだなという気がして。それがあって、これ(『エドワード・ヤンの恋愛時代』)が生まれたんだと思う。時系列で見ていると、大きな跳躍だったと分かってきた。(ヤン監督は)台北にこだわって映画を撮られたんだと思うんですけど、全く違う台北を描こうとしている。彼自身も変わったんだろうけど、台北も大きく変わり、恋愛コメディーのような映画を作ったのかなと思う。
ヤン監督と濱口監督との間には、縁がある。「ヤンヤン 夏の想い出」でアソシエイト・プロデューサーを務めた久保田修氏は、濱口監督の18年「寝ても覚めても」でスーパーバイジングプロデューサー、米アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した21年「ドライブ・マイカー」でエグゼクティブプロデューサーを務めた。濱口監督は「久保田さんから、ヤン監督の話を聞くのは楽しい体験」と笑みを浮かべた。
ヤン監督は「大体、いつも予算オーバーして、なかなか調整がつかない。台湾の権利者がもめているかトラブっているかも知れない。」(市山氏)といい「エドワード・ヤンの恋愛時代」と96年の「カップルズ」は、上映自体が難しかったという。同監督の初長編映画の83年「海辺の一日」も、濱口監督は台湾の関係者からブルーレイを入手して見たというが、市山氏は「海外では上映できない」と説明した。
濱口監督は「何と!? いつか見られると思いますので、何とかしてください」と市山氏にリクエストした。その上で「一体、どうやって充実した映画を毎ショット、毎ショット作るんだと。やり切ってお金がなくなると、また集める…したくはないですけど、あるべき姿なのかも知れません。ヤン監督は、ものすごくインディペンデント精神で作っていると思う」と評した。その上で「絶望的な状況から、どうやって人生が生きるに値するか、というのをやり続けた人。全作、上映される日を楽しみにしています」とヤン監督の作品の上映に期待していた。
東京国際映画祭での上映も、期待した映画ファンが相当数、駆けつけており、8月18日からのリバイバル公開も話題を呼びそうだ。
◆「エドワード・ヤンの恋愛時代」 モーリーは、経営する会社の状況が良くなく、婚約者アキンとの仲もうまくいっていない。親友チチはモーリーの会社で働くが、その仕事ぶりに振り回され、恋人ミンとの関係も雲行きが怪しい。モーリーとチチの2人を主軸としつつ同級生、恋人、姉妹・同僚など10人の男女の人間関係を2日半という凝縮された時間のなかで描き、急速な成長を遂げる大都市で生きる中、目的を見失っていた登場人物たちが、自らの求めるものを探してもがき、そして見つけ出していく様が描かれる。解禁となったポスタービジュアルは、モーリーの家のプールサイドで語りあうモーリーとチチ、互いに無いものを補い合う親友同士の2人の姿に「私たちの求めるものはどこにあるの?」というキャッチコピーが重なる。
※■は牛ヘンに古