大ベテランの関根勤(70)が1日深夜放送のMBSテレビ「かまいたちの知らんけど」(土曜深夜0時28分=関西ローカル)に出演。半世紀前のデビュー当時を振り返った。
師匠を持たずにお笑いの世界へ飛び込んだ「お笑いビッグバン」として、山内健司(40)濱家隆一(40)を驚かせた関根。2人から「最初のギャラ」を聞かれて、さらに仰天させた。
大学時代、せんだみつおの「ぎんざNOW」を5週勝ち抜き、浅井企画からスカウトされ、在学中に同番組のアシスタントに入った。当時こそ、関根は「めっちゃ安いんじゃない? アシスタントだから」と明細の記憶はないようだが、卒業後、芸人一本となってからはアルバイトもしたことがなかったという。
ただ、芸能界入りには消防士だった父親の猛反対があった。「消防署員になってほしいって。でも、浅井社長はどうしても欲しかった。オヤジの方が強いから『大学を卒業したら、公務員ち同じ給料を保証してくれ』って。ほとんど仕事ないのに、給料だけはもらえてたのよ。しかも、実家だから、全然、ハングリー精神ないって言われてた」
アルバイトを複数掛け持ちし、舞台のギャラは数百円。衣装代、食費などを考えれば「年収マイナス」という仲間も多く見てきたかまいたちにとっては、仰天の“恵まれた話”だ。
「でもね、だから、テレビが公開修業だったのよ。ジャイアント馬場(のネタ)5週ぐらいやったら、おもしろくないって。カマキリ拳法みたいなの作り出して…。で、27歳ぐらいの時に、小堺君が入ってきて、社長の別荘に行って『ネタ10本作ってこい』言われて、1本しかできなかった」
これが関根の下積みだった。その頃、毎週、下北沢で、小堺と2人でライブを開催していた。
関根は「何本も書けないから、お客さんに『何かコントかいてくれますか』って言ったら、当時高校生の松尾伴内君がお客さんにいて、3本ぐらい書いてきた。それ、ウケた」と振り返っていた。
ドライブ旅ではパンケーキ店、高級洋服店をめぐり、孫へのプレゼントを物色する。



