歌手三浦大知(37)が2日、千葉・LaLa arena TOKYO-BAYで全国ツアー「DAICHI MIURA LIVE TOUR 2025太陽に焼かれて踊りましょう雨に打たれ歌いましょう」東京公演を開催した。このほど取材の機会に恵まれ、初めて三浦のライブを取材した。

三浦大知を知っている人も知らない人も、誰もが心をつかまれたライブだった。懐かしの曲からヒット曲まで幅広く披露し、持ち前の高い歌唱力と洗練されたダンスパフォーマンスで観客を魅了した。記者はライブ冒頭、アリーナ後方からパフォーマンスを見ていた。激しいダンスと一切乱れない歌声に、一瞬で心を奪われた。事前に事務所関係者らから「今回のライブは特にすごい」と聞いていたが、熱のこもったパフォーマンスに何度も声が漏れた。

デビュー前の出来事が、1つ1つのステージの原動力となってきた。公演の約1カ月前、インタビューを行った際、三浦大知のアーティスト人生を形作った言葉をいくつか尋ねた。「結構衝撃的で今でも覚えているのは」と、三浦の恩師で現沖縄アクターズスクールプロデューサー、牧野アンナ氏とのエピソードを切り出した。

「アクターズスクールのイベントで海外からゲストのアーティストを呼んだ回があって、たまたまそのアーティストのCDを持っていたんですよ。自分たちが出るイベントに来てくれて、せっかくだからと思ってサインをもらいに行こうと思ったら、アンナさんに『いや、ダメだよ。あなたは書く側の人です。楽屋に戻って』と言われた。まだ小学2年生とかでしたけど、自分が音楽のプロとしてやっていく側というのをひと言で思わされましたね」

さらにソロデビュー後初めて出演した事務所ライブで、改めてアーティストとして生きていく決意が固まった。変声期の活動休止期間を経て、初めてソロアーティストとして立ったステージで、観客から「おかえり!」と言われたという。「0からスタートという気持ちで立ったんですけど、待っていてくれた人がいたというので、決意が固まりました」と振り返り、ファンのために全身全霊を尽くす気持ちをさらに強めたと語った。

その言葉の数々を胸にかけぬけた20年の集大成のステージは、まさに圧巻だった。これからもこれらの言葉を胸に、「三浦大知」という山を登り続けるだろう。節目のタイミングで最高のステージを取材できて、インタビューの機会に恵まれて、記者として幸せだった。【野見山拓樹】